元彼専務の十年愛
見知らぬ土地に突然放り込まれ、右も左もわからず手探り状態の日々が続いた。
英語だって教科書で習った程度のレベルなのだから、専門的な授業は大半聞き取れない。
ホームシックになったところで、もう家もなければ母もいない。
俺の家族は、ついこの前初めて会ったばかりの父と祖父だけなのだ。
父は時々連絡をくれたが、かと言って特に話す内容もない。

毎日彼女の顔が浮かんだ。
幸せだった日々を幾度となく頭の中で再生した。
恋しくて仕方なかった。
けれど、俺は彼女をあんな形で傷つけたのだ。
もう戻れない。何もかもが過去でしかない。
思い出しても苦しくなるだけだ。

そのうち俺は感情を凍らせることを覚えた。
心を乱すものがなければ、勉強にも仕事にも集中していられる。
そしてそれは会社のために尽くすという使命を果たすことに繋がる。
いつしか感情そのものが薄れていき、笑い方すら忘れてしまった。
誰かが俺を『ロボット』だと言ったように、俺はもう人としておかしくなってしまったのだと思っていた。
けれど、あの日のために買った指輪を捨てることはできず、ずっと手元に取ってあった。

俺の僅少な感情が、確かにそこには残っていた。

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