元彼専務の十年愛
夜20時。玄関のドアが開く音がしてドキッとした。
これは出迎えたほうがいいんだろうか。
今さらそんなことを考え、迷いながらもリビングを出て玄関へ向かう。

「おかえりなさい」

声をかけると、こちらを見た颯太が目を見開き、即座に後悔した。
家の中でまで婚約者を演じる必要はないだろうし、こんなことをされても煩わしいだけかもしれない。
どうしようかと心の中で慌てていると、颯太が小さく笑みを浮かべた。

「ただいま」

鼓動が跳ねた。
声にも表情にも温度を感じて、昨日の冷たい颯太とは別人のようだ。
予想外の反応に戸惑っていると、靴を脱いだ彼が私の横を通って先に廊下を歩き出した。
彼の背中を追いながら問いかける。

「夕食は召し上がりましたか?一応用意してあるんですが」

颯太が振り返り、私の唇に触れそうな距離で人差し指を立てる。

「敬語はやめてくれ。名前も普通に呼んで」

再び胸が音をあげ、思わず視線を逸らした。

「あなたは重役でしょう?私はあなたの会社の平社員です」
「肩書きは関係ない。半年間は婚約者だ。敬語じゃおかしいだろ」

彼は「夕飯もらうよ」と言ってリビングから続く主寝室へ入っていった。
偽物の婚約者でしかないんだし、誰も見ていないんだからここでは敬語だっていいのに。
いや、それなら『お帰りなさい』と出迎えるのだっておかしいんだろうか。
何をどこまですればいいのかわからず、モヤモヤしながらテーブルに料理を並べる。

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