元彼専務の十年愛
ダイニングテーブルに向かい合い「いただきます」と手を合わせる。
ご飯に味噌汁、鮭とまいたけのみぞれ和え、きんぴらにかぼちゃの煮物、茄子のおひたし。茄子は揚げずに焼いて、生姜と大根をすりおろしてさっぱりと仕上げた。
ご飯を食べながら、颯太は満足げに二度うなづく。
「うん、おいしい。やっぱり和食はいいな」
「よかった。向こうでは脂っこいものばかり食べてきたかなって思って、あっさりした味付けにしたんだけど…よく考えたら、時差があるんだよね。お腹空いてないなら無理しないで。眠かったら先にお風呂の準備を…」
表情を窺いながら訊ねる私に、颯太はふっと笑みを浮かべる。
「そんなに気を使わないでくれ。紗知の手料理が食べたかったんだ。無理なんてしてない」
「…そう。それならいいんだけど」
安堵のため息を吐いたけれど、そのすぐあとに、私が作る料理より機内食のほうがよっぽど美味しいだろうにと不安になる。
颯太はファーストクラスで移動しているだろうから、かなり手の込んだ食事が提供されるだろう。
私の心を見透かしたのか、颯太は箸を進めながらくぐもった声で言う。
「この煮物、コクがあっておいしい。なんだか懐かしい味がする」
「あ…これ、お母さんが前に隠し味で黒糖を使ってたのを思い出して、入れてみたの」
「そうか。紗知の家で食べたことがある味なんだな」
懐かしそうに目を細め、颯太はまた煮物を口にする。
最初に比べたら会話はずいぶん増え、颯太の表情もやわらかくなったと思う。
高校時代の話は当たり障りのないことしか話さないのが暗黙の了解になっているけれど、それでも些細な会話のネタというのはあるものだ。
ふと、大事なことを思い出して颯太に問いかける。
「ねえ颯太、お母さんに借金を返し終えたことを伝えたんだけど、うまい言い訳ができなくて逆にお母さんを不安にさせちゃって…どうしたらいいかな」
先日、母に電話をして借金返済が終わったことを報告した。
どうしてそうなったのか母に問われたけれど、突然大金が手に入る理由なんて思い浮かぶわけもない。
曖昧に濁したら、私が悪いことに手を出しているんじゃないかと母の心配を煽ってしまったのだ。
「婚約者として俺の名前を出してもらっていいよ。『ふり』だなんていうとお母さんにはわけがわからないだろうから、悪いがそこは嘘を吐いてくれ。必要なら俺も電話で挨拶するし、半年後は『婚約破棄』について直接謝りに行く」
「そんな、そこまでしなくてもいいよ。こっちは助けられた身で、謝られる必要なんて——」
「いや」
颯太が強い口調で遮る。
「…俺の身勝手でこうなったんだから」
「え?」
ぽつりと言った颯太は、箸を持って茶碗に目を落としたまましばし黙った。
そして「いや、なんでもない」とまた箸を進め始める。
身勝手ってどういう意味なんだろう。
気になるけれど、追求しても答えてくれない気がして、私も食事を続けた。
ご飯に味噌汁、鮭とまいたけのみぞれ和え、きんぴらにかぼちゃの煮物、茄子のおひたし。茄子は揚げずに焼いて、生姜と大根をすりおろしてさっぱりと仕上げた。
ご飯を食べながら、颯太は満足げに二度うなづく。
「うん、おいしい。やっぱり和食はいいな」
「よかった。向こうでは脂っこいものばかり食べてきたかなって思って、あっさりした味付けにしたんだけど…よく考えたら、時差があるんだよね。お腹空いてないなら無理しないで。眠かったら先にお風呂の準備を…」
表情を窺いながら訊ねる私に、颯太はふっと笑みを浮かべる。
「そんなに気を使わないでくれ。紗知の手料理が食べたかったんだ。無理なんてしてない」
「…そう。それならいいんだけど」
安堵のため息を吐いたけれど、そのすぐあとに、私が作る料理より機内食のほうがよっぽど美味しいだろうにと不安になる。
颯太はファーストクラスで移動しているだろうから、かなり手の込んだ食事が提供されるだろう。
私の心を見透かしたのか、颯太は箸を進めながらくぐもった声で言う。
「この煮物、コクがあっておいしい。なんだか懐かしい味がする」
「あ…これ、お母さんが前に隠し味で黒糖を使ってたのを思い出して、入れてみたの」
「そうか。紗知の家で食べたことがある味なんだな」
懐かしそうに目を細め、颯太はまた煮物を口にする。
最初に比べたら会話はずいぶん増え、颯太の表情もやわらかくなったと思う。
高校時代の話は当たり障りのないことしか話さないのが暗黙の了解になっているけれど、それでも些細な会話のネタというのはあるものだ。
ふと、大事なことを思い出して颯太に問いかける。
「ねえ颯太、お母さんに借金を返し終えたことを伝えたんだけど、うまい言い訳ができなくて逆にお母さんを不安にさせちゃって…どうしたらいいかな」
先日、母に電話をして借金返済が終わったことを報告した。
どうしてそうなったのか母に問われたけれど、突然大金が手に入る理由なんて思い浮かぶわけもない。
曖昧に濁したら、私が悪いことに手を出しているんじゃないかと母の心配を煽ってしまったのだ。
「婚約者として俺の名前を出してもらっていいよ。『ふり』だなんていうとお母さんにはわけがわからないだろうから、悪いがそこは嘘を吐いてくれ。必要なら俺も電話で挨拶するし、半年後は『婚約破棄』について直接謝りに行く」
「そんな、そこまでしなくてもいいよ。こっちは助けられた身で、謝られる必要なんて——」
「いや」
颯太が強い口調で遮る。
「…俺の身勝手でこうなったんだから」
「え?」
ぽつりと言った颯太は、箸を持って茶碗に目を落としたまましばし黙った。
そして「いや、なんでもない」とまた箸を進め始める。
身勝手ってどういう意味なんだろう。
気になるけれど、追求しても答えてくれない気がして、私も食事を続けた。