元彼専務の十年愛
広報企画課の社員向けイベントが終わり、繁忙期が終わってひと段落。
しばらく残業が続いていたけれど、最近は定時で帰れる日も多くなった。
颯太は繁忙期も何も関係ないようで、帰りが遅い日が多いのは相変わらずだ。

残業せずに帰宅しても、もう秋の夜長だ。
空は真っ暗で、リビングの窓からは夜景が見渡される。
その左端で、煌々とオレンジの光を放つ東京タワーが存在を主張している。
人が見たら綺麗な景色なんだろうけれど、私は寂しくてホームシックのような気持ちになり、いつもすぐにカーテンを閉める。
昔はあの小さな田舎町を出て都会へ行くことに憧れていたけれど、やっぱり私に都会暮らしは向いていない。
ここに引っ越して来てからは余計にそう思う。

やるべきことを済ませたあと、手持ち無沙汰になって何をしようかと考えて思い出した。
そういえば、最近小説を読んでいなかったのだ。
部屋の本棚から例の小説『The everlasting love』を手に取り、リビングに持ってきてソファに腰かける。

貧しい家に生まれた主人公は、両親に虐げられ、過酷な労働を強いられて生きてきた。
彼女は束の間の休息に訪れた湖のほとりで公爵の令息と出会い、恋に落ちる——
そんなベタな物語だ。


——"私は恋というものを知らなかった。知ることなく、ただ家のために働き、人生を終えるのだと思っていた。"


ストーリーの概要は知っていても、自分の中で訳し方が毎回少し変化する。
そして、今まで読み流していた部分に急に惹かれる点を見つけたりする。
それが面白いところだ。
久しぶりだから余計に新鮮味が増して物語に入り込んでいく。
けれど、英文の小説を読むのはこんなに頭を使うものだっただろうか。
まだ第一章の途中なのに、眠くなってきてあくびが出る。
行儀が悪いけれどベッドに移動し、横になって続きを読み始めた。


——"彼に出会って初めて感じたこの気持ちを、なんと名づければいいのかわからなかった。名づけてはいけないのだと思った。その時点で、私はきっともう——"

< 76 / 154 >

この作品をシェア

pagetop