元彼専務の十年愛
飲み終えたシャンパンをスタッフが新しいものに替えてくれながら、また数人とやりとりをした。
威厳のある雰囲気の人相手に、颯太は対等に会話をしている。
私は粗相のないようにただ隣でにこにこしていることしかできない。
颯太が辺りを見渡し、あ、と小さく声を漏らす。

「社長が今フリーみたいだ。挨拶に行こうか」
「社長って、ALPHAの?」
「ああ、俺の父親。社長は『ふり』だと知ってるから、簡単に名乗るだけでいい」

うなづいて、歩き出す颯太についていく。
そうか。頭になかったけれど、『ふり』と言えども社長に挨拶をしておくのは当然だ。
けれど、社長もパーティーに来ていることは知らなかったから急な話でドギマギしてしまう。

「社長」

グラスを傾けていた中年の男性に颯太が声をかけると、男性が振り返って柔和な笑みを向ける。

「颯太、来たか」

その顔は広報や社内のミーティングで見慣れた顔で、つまりは社長に間違いない。
けれど、間近で見るまで気づかなかった。
この人の瞳は颯太と同じ純粋なブラウン。颯太の血縁であるという証拠だ。


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