元彼専務の十年愛


「有沢、寝ちゃったの?」

ルームミラー越しにこちらを見た隆司が小声で訊ね、俺も声を潜めて「ああ」と返す。
紗知の指からそっと指輪を抜き取ったが、彼女は熟睡していて全く気づかない。
死んだようにだらんと俺にもたれかかっている。

「…相当気を張ってたと思う。紗知がこういう場でうまく立ち回るのが苦手なのは分かってたのに、無理をさせた」
「俺も久しぶりに会って思ったけど、有沢はいい意味で素朴で変わらないよな。都会に染まってない感じがする」
「ああ。きっと、ずっと染まれないだろうな。本人も言ってたが、紗知は都会暮らしには向いてないと思う」

肩に心地いい重みと温もりを感じながら、抜き取った指輪をぼんやりと見つめた。
パーティーの参加者は目の肥えた人ばかりだろうからとそれなりに高価なものを用意したが、もう使う用事もない。
…こんなもの、何の価値もない。窓から投げ捨てたっていいくらいだ。

『遠い人になっちゃったね』

彼女が言ったことは間違っていないのだ。
もうあの頃とは何もかもが違う。
彼女がただ酔って感傷的になっただけだとわかっていたのに、それでも抑えられなかった。

『これでも『遠い人』?』

…キスなんかするつもり、なかったのに。

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