□TRIFLE□編集者は恋をする□
「えぇと、読者モデルの募集の件ですか?」
私が立ち上がって声をかけると、彼女はくすくす笑いながら首を横に振った。
「ううん、違うの。匠に忘れ物を届けにきただけで……」
たくみ?
たくみって、誰だっけ……。
そう考えて、それが誰の名前か思い出した途端、ぶるっと全身の鳥肌が立った。
匠って、片桐の事だ。
という事は、この人もしかして……。
「この前うちに来た時に腕時計を忘れていっちゃったんだけど、無くて困ってないかなぁと思って」
そう言って、彼女はバッグの中から男物の腕時計を出して私に手渡した。
ごつめのシルバーのブライトリングは、確かに見覚えがある。
片桐が普段左手首につけている腕時計だ。
……そうか。と理解して心臓のあたりに強い痛みが走る。
この前の夜に、片桐に電話をかけてきたのはこの人なんだ。
そして片桐は私の部屋からこの人の元へと行き、腕時計を忘れていったんだ。
「そうですか。片桐は今取材で外出しているんですが、何時に戻るか確認しましょうか?」
胸の辺りにこみ上げる、熱くてどろどろした得体の知れない感情をなんとか飲み込んで、私は微笑みながらたずねた。
「あ、大丈夫です。近くに用事があったついでに来ただけなので。雑誌の編集部ってこんな所なんですね」