□TRIFLE□編集者は恋をする□
「片桐……」
私が少し掠れた声でそう言うと、片桐は突然「……っぷ」と吹き出した。
「お前、頭ぐちゃぐちゃだな」
「え……?」
自分の頭に触れると、確かに私の髪はぐちゃぐちゃになっていた。
「ちょっと!片桐が乱暴に頭をなでるからこうなったんでしょ!」
慌てて髪を直す私を見ていた片桐は、ポケットからスマホを取り出しながら立ち上がった。
「木下さんから電話きたから、俺は行くわ」
「あ……、うん。気を付けてね」
「おー」
カメラの機材が入った大きなカバンを手に出ていく片桐を見送り、大きなため息をついた。
なにをやっているんだろう。
片桐が笑いださなかったら、きっと彼に『抱きしめてほしい」と言ってたと思う。
片桐に彼女がいるってわかっているのに、そんな事を言いそうになるなんて……。
そう思った途端、美咲さんの顔が浮かんだ。
彼女の色素の薄い綺麗な顔。
さっきまで私の頭をなでていた片桐の大きくて優しい手のひら。
その感触はまだ、私の頭に残っていた。
あの片桐が女の人に暴力をふるうなんて。
「嘘でしょ……」
誰もいない深夜の編集部に響いた私のつぶやきは、ひどく頼りなく聞こえた。