第三王子の婚約者~内戦状態の母国から生き延びるため隣国へ送られた王女はそこで出会った王子と恋をする~
第3話
「どなたか、気になる方でもいらっしゃいましたか?」
「えぇっと……」
「ふふ。私に遠慮なさることはありませんよ。今日はステファーヌの誕生会です。多少のことは、何でも許されるのですから」
ノアの姿が見えた。
彼もすっかり招待客に囲まれている。
本当はノアに相談できればよかったのだけど、彼に近づきたくても、今やそう簡単には近づけそうにない。
それに、本当はさっきだって……。
「あの……。あちらに、詩人の方がいらっしゃるでしょう? ジャンさまとおっしゃったかしら」
「あぁ。今をときめく大変な流行作家ですね」
「わ、私、あの方の作品に、とても感銘を受けまして……」
「なるほど。ふふ。いいでしょう。アデルさまのお役にたてるのなら、私の本望でございます」
ダンスが終わる。
彼の腕は、サッと私をエスコートした。
迷うことなくジャンさまの元へ向かう。
「こんにちは。どうか私たちも、おしゃべりの仲間に加えていただけないだろうか」
「こ、これは! ジョセフさま。もちろんですとも」
彼を取り囲んでいた人垣が、私たちのために場を譲った。
「どうぞ。アデルさま」
「あ、あの……」
緊張する。
彼と話したと言えば、どれだけエミリーは驚くだろう。
お気に入りの詩編のこと、言葉の解釈や、創作の裏話。
その時どこで何を思って紡いだのか、話題は尽きない。
誰かと話して、本当に心から、こんなにも楽しいと思えたのは、久しぶりかもしれない。
「あぁ、ジャンさまとお話しできて、とても楽しかったです」
「それは僕も同じです。アデルさま」
一礼をして、そこを離れる。
人気作家の彼の周りには、すぐに新しい別の輪が出来ていた。
隙をみて、空いていたソファへ腰を下ろす。
ようやく一息ついた。
喜びと緊張に、まだ胸がドキドキしている。
広間に集まった人々は、軽やかに優雅に、それぞれ楽しんでいるようだった。
開け放された窓からは温かな春の風が吹き込み、王宮の大胆な豪華さにはない、シンプルながらも洗練された装飾は、ステファーヌさまの潔いご気性そのものだ。
ふと自分がいま、たった1人だけで座っていることに気づく。
ノアと来たつもりだったのに、完全に離れてしまった。
そのノアは、コリンヌさまとダンス中だ。
ゆったりと流れる音楽に、穏やかなダンス。
ノアのリードで、彼女の白く軽やかなスカートが翻る。
「アデルさまは、今日はどうしてこちらに?」
ふと気づけば、リディが隣に座っていた。
「ステファーヌさまのお招きを受けたのです」
それ以外に、どんな理由があるというのだろう。
「まぁ! ……。ふふ。そうでしたわね」
彼女は扇を広げると、その顔を半分ほど隠す。
「とても気丈なお方だとは思っていたけれど、ここまでとは思いませんでしたわ。ですが、これで少し私たちの気も軽くなりました」
リディが隣に来てから、ここにいる女性たちの視線が、集まっているのを感じる。
彼女たちはチラチラと絶え間なく、私を盗み見る。
「人生は、楽しんだ方が勝ちですもの。アデルさまも、そうお思いでしょう?」
「えぇ、もちろんです」
彼女はその言葉に、クスリと微笑んだ。
「そうよね。私も勘違いをしていたわ。あなたはノアさまの正式な婚約者さま。そうなるように、すでに躾けられている方ですもの」
真っ赤なドレスをきらびやかになびかせ、立ち上がる。
「私も負けてはいられませんわ」
リディはそのまま、パーティー会場へと戻っていく。
ノアが私に気づいたようだ。
こちらに向かってやって来る。
途中リディは彼に何か声をかけたのに、ノアはそれをすり抜けた。
目の前でひざまずく。
「どうか僕と、1曲踊っていただけませんか?」
彼はにっこりと微笑み、手を差し伸べる。
本当はもう疲れていて、少し休みたいのに……。
ノアはそれを察してくれない。
「あの……」
どうしよう。
断りたいけど、周囲の視線が気にかかる。
私は仕方なくその手を取った。
「1曲だけね」
「嫌だ」
立ち上がった私の頬に、ノアはすかさずキスをする。
「どうして僕から離れたのさ」
「離れたって……。ステファーヌさまのお誘いを断れる?」
「断ればよかったじゃないか」
「そんなの無理よ」
「ずっと側にいてって言ったのに」
ノアが怒っている。
踊り出したダンスのリードが、いつもより荒い。
さっきまでノアと踊っていた、コリンヌと目があった。
「ノアだって、他の人と踊っていたじゃない」
「大体、リディとコリンヌの順番だよ。今日はコリンヌの番だったってだけ」
リードするノアの手が、強く私の手を引いた。
「早く大人になりたい。そうすれば君を、もう誰にも渡さないのに」
「私は誰のものでもないわ。私は私のものよ」
「そうかもしれないけど。じゃあ、君のものの中に、僕を入れて。いや、違う。もうこれから先、僕以外の人とダンスはしないって、約束して」
「どうしたのノア。今日はおかしいよ」
「君が約束してくれるなら、僕はもう君以外の女性と踊ったりしない」
「ねぇ、本当に。何を言ってるの? ノア、今日は変よ」
「約束してくれないと、ダンスは終われない」
そんな約束、出来るわけがない。
「……。もう知らない。好きにして」
「じゃ、そうする」
ノアの手が頬に触れた。
その瞬間、唇が重なる。
「ちょ……。ん。はな……はな、し……」
押しのけようとしても、キツく抱きしめた腕が放してくれない。
彼の唇は何度も吸い付いてくる。
「おっと、失礼」
ダンスの途中だったのに!
突然立ち止まってしまった私たちを、誰もが避けなければならない。
ぶつかってしまいそうになるのを、ノアはそのままバルコニーへ連れ出した。
ようやく彼の腕から離れる。
その瞬間、唇を拭った。
「酷い。初めてだったのに!」
「そうだよ。そもそもそれがおかしいんだ。僕たちは恋人同士のはずなのに」
周囲から、クスクスと笑われているのが聞こえる。
ノアはそれに笑顔で手を振っているけど、私は恥ずかしくて顔を上げられない。
手すりに身を寄せ、誰もいない外に向かって、小さく抗議の声を上げる。
「こんな席じゃなかったら、怒ってた!」
「どうして怒るの? 僕はもう一度したいくらいなのに」
頬に触れようとする手を、そっと払いのける。
ステファーヌさまのお誕生日会で、喧嘩して騒ぐわけにもいかない。
だけど私の目だけは、ノアをキッとにらみつけたままだ。
「なんでこんなことしたの」
「キスしたかったから」
「もうしないで!」
「だったら、拒否すればいいじゃないか」
もう一度唇が重なる。
泣き出しそうなのを、じっと我慢している。
こんなところで、抵抗出来ないって分かってて、ワザとしてくるノアはずるい。
見上げる目から、涙がこぼれた。
「! ……。ゴメン。やりすぎた」
ノアはビクリと驚いたものの、すぐに謝罪の言葉を口にする。
泣き顔を見られないよう、彼は私をそっと自分の胸に抱き寄せる。
「最低」
「そんなに怒るとは思わなかった」
ノアの胸に顔を埋める。
怒りと悔しさと恥ずかしさで、本当は叫びだしてしまいたい。
「しばらくこのまま、隠しといてあげるから、だからこれで許して。すぐに泣き止んでくれ」
彼の両腕が背中に回される。
耳元で謝罪の言葉を繰り返しているけど、もう絶対に許さない。
ノアなんか、もう嫌い。
「ほら、アデル。そろそろ機嫌をなおしてくれないと、さすがに兄さんに申し訳ない」
彼をチラリと見上げる。
そんなことをささやくわりには、まだノアの機嫌も悪い。
「ね。もう泣き止んだ? あっちに行って、今度こそ休もう」
「……。泣いてないから、大丈夫です」
私は怒っている。
それくらい、さすがにノアも分かっている。
「はは。じゃあ、なおさらよかった」
彼はふわりとした笑みを浮かべたけど、その横顔は険しいままだ。
私だって、顔は笑ってるけど、心底腹を立てている。
それでもいつもの私たちに戻ると、ノアはそっと私を会場へエスコートする。
「えぇっと……」
「ふふ。私に遠慮なさることはありませんよ。今日はステファーヌの誕生会です。多少のことは、何でも許されるのですから」
ノアの姿が見えた。
彼もすっかり招待客に囲まれている。
本当はノアに相談できればよかったのだけど、彼に近づきたくても、今やそう簡単には近づけそうにない。
それに、本当はさっきだって……。
「あの……。あちらに、詩人の方がいらっしゃるでしょう? ジャンさまとおっしゃったかしら」
「あぁ。今をときめく大変な流行作家ですね」
「わ、私、あの方の作品に、とても感銘を受けまして……」
「なるほど。ふふ。いいでしょう。アデルさまのお役にたてるのなら、私の本望でございます」
ダンスが終わる。
彼の腕は、サッと私をエスコートした。
迷うことなくジャンさまの元へ向かう。
「こんにちは。どうか私たちも、おしゃべりの仲間に加えていただけないだろうか」
「こ、これは! ジョセフさま。もちろんですとも」
彼を取り囲んでいた人垣が、私たちのために場を譲った。
「どうぞ。アデルさま」
「あ、あの……」
緊張する。
彼と話したと言えば、どれだけエミリーは驚くだろう。
お気に入りの詩編のこと、言葉の解釈や、創作の裏話。
その時どこで何を思って紡いだのか、話題は尽きない。
誰かと話して、本当に心から、こんなにも楽しいと思えたのは、久しぶりかもしれない。
「あぁ、ジャンさまとお話しできて、とても楽しかったです」
「それは僕も同じです。アデルさま」
一礼をして、そこを離れる。
人気作家の彼の周りには、すぐに新しい別の輪が出来ていた。
隙をみて、空いていたソファへ腰を下ろす。
ようやく一息ついた。
喜びと緊張に、まだ胸がドキドキしている。
広間に集まった人々は、軽やかに優雅に、それぞれ楽しんでいるようだった。
開け放された窓からは温かな春の風が吹き込み、王宮の大胆な豪華さにはない、シンプルながらも洗練された装飾は、ステファーヌさまの潔いご気性そのものだ。
ふと自分がいま、たった1人だけで座っていることに気づく。
ノアと来たつもりだったのに、完全に離れてしまった。
そのノアは、コリンヌさまとダンス中だ。
ゆったりと流れる音楽に、穏やかなダンス。
ノアのリードで、彼女の白く軽やかなスカートが翻る。
「アデルさまは、今日はどうしてこちらに?」
ふと気づけば、リディが隣に座っていた。
「ステファーヌさまのお招きを受けたのです」
それ以外に、どんな理由があるというのだろう。
「まぁ! ……。ふふ。そうでしたわね」
彼女は扇を広げると、その顔を半分ほど隠す。
「とても気丈なお方だとは思っていたけれど、ここまでとは思いませんでしたわ。ですが、これで少し私たちの気も軽くなりました」
リディが隣に来てから、ここにいる女性たちの視線が、集まっているのを感じる。
彼女たちはチラチラと絶え間なく、私を盗み見る。
「人生は、楽しんだ方が勝ちですもの。アデルさまも、そうお思いでしょう?」
「えぇ、もちろんです」
彼女はその言葉に、クスリと微笑んだ。
「そうよね。私も勘違いをしていたわ。あなたはノアさまの正式な婚約者さま。そうなるように、すでに躾けられている方ですもの」
真っ赤なドレスをきらびやかになびかせ、立ち上がる。
「私も負けてはいられませんわ」
リディはそのまま、パーティー会場へと戻っていく。
ノアが私に気づいたようだ。
こちらに向かってやって来る。
途中リディは彼に何か声をかけたのに、ノアはそれをすり抜けた。
目の前でひざまずく。
「どうか僕と、1曲踊っていただけませんか?」
彼はにっこりと微笑み、手を差し伸べる。
本当はもう疲れていて、少し休みたいのに……。
ノアはそれを察してくれない。
「あの……」
どうしよう。
断りたいけど、周囲の視線が気にかかる。
私は仕方なくその手を取った。
「1曲だけね」
「嫌だ」
立ち上がった私の頬に、ノアはすかさずキスをする。
「どうして僕から離れたのさ」
「離れたって……。ステファーヌさまのお誘いを断れる?」
「断ればよかったじゃないか」
「そんなの無理よ」
「ずっと側にいてって言ったのに」
ノアが怒っている。
踊り出したダンスのリードが、いつもより荒い。
さっきまでノアと踊っていた、コリンヌと目があった。
「ノアだって、他の人と踊っていたじゃない」
「大体、リディとコリンヌの順番だよ。今日はコリンヌの番だったってだけ」
リードするノアの手が、強く私の手を引いた。
「早く大人になりたい。そうすれば君を、もう誰にも渡さないのに」
「私は誰のものでもないわ。私は私のものよ」
「そうかもしれないけど。じゃあ、君のものの中に、僕を入れて。いや、違う。もうこれから先、僕以外の人とダンスはしないって、約束して」
「どうしたのノア。今日はおかしいよ」
「君が約束してくれるなら、僕はもう君以外の女性と踊ったりしない」
「ねぇ、本当に。何を言ってるの? ノア、今日は変よ」
「約束してくれないと、ダンスは終われない」
そんな約束、出来るわけがない。
「……。もう知らない。好きにして」
「じゃ、そうする」
ノアの手が頬に触れた。
その瞬間、唇が重なる。
「ちょ……。ん。はな……はな、し……」
押しのけようとしても、キツく抱きしめた腕が放してくれない。
彼の唇は何度も吸い付いてくる。
「おっと、失礼」
ダンスの途中だったのに!
突然立ち止まってしまった私たちを、誰もが避けなければならない。
ぶつかってしまいそうになるのを、ノアはそのままバルコニーへ連れ出した。
ようやく彼の腕から離れる。
その瞬間、唇を拭った。
「酷い。初めてだったのに!」
「そうだよ。そもそもそれがおかしいんだ。僕たちは恋人同士のはずなのに」
周囲から、クスクスと笑われているのが聞こえる。
ノアはそれに笑顔で手を振っているけど、私は恥ずかしくて顔を上げられない。
手すりに身を寄せ、誰もいない外に向かって、小さく抗議の声を上げる。
「こんな席じゃなかったら、怒ってた!」
「どうして怒るの? 僕はもう一度したいくらいなのに」
頬に触れようとする手を、そっと払いのける。
ステファーヌさまのお誕生日会で、喧嘩して騒ぐわけにもいかない。
だけど私の目だけは、ノアをキッとにらみつけたままだ。
「なんでこんなことしたの」
「キスしたかったから」
「もうしないで!」
「だったら、拒否すればいいじゃないか」
もう一度唇が重なる。
泣き出しそうなのを、じっと我慢している。
こんなところで、抵抗出来ないって分かってて、ワザとしてくるノアはずるい。
見上げる目から、涙がこぼれた。
「! ……。ゴメン。やりすぎた」
ノアはビクリと驚いたものの、すぐに謝罪の言葉を口にする。
泣き顔を見られないよう、彼は私をそっと自分の胸に抱き寄せる。
「最低」
「そんなに怒るとは思わなかった」
ノアの胸に顔を埋める。
怒りと悔しさと恥ずかしさで、本当は叫びだしてしまいたい。
「しばらくこのまま、隠しといてあげるから、だからこれで許して。すぐに泣き止んでくれ」
彼の両腕が背中に回される。
耳元で謝罪の言葉を繰り返しているけど、もう絶対に許さない。
ノアなんか、もう嫌い。
「ほら、アデル。そろそろ機嫌をなおしてくれないと、さすがに兄さんに申し訳ない」
彼をチラリと見上げる。
そんなことをささやくわりには、まだノアの機嫌も悪い。
「ね。もう泣き止んだ? あっちに行って、今度こそ休もう」
「……。泣いてないから、大丈夫です」
私は怒っている。
それくらい、さすがにノアも分かっている。
「はは。じゃあ、なおさらよかった」
彼はふわりとした笑みを浮かべたけど、その横顔は険しいままだ。
私だって、顔は笑ってるけど、心底腹を立てている。
それでもいつもの私たちに戻ると、ノアはそっと私を会場へエスコートする。