第三王子の婚約者~内戦状態の母国から生き延びるため隣国へ送られた王女はそこで出会った王子と恋をする~
第5話
「僕をおいて、1人で行く気だったの?」
来た時と同じように、私たちは見つめ合い微笑む。
そうすることが、決まりだから。
退場の挨拶をすませ、廊下へ出た。
扉が閉まったことを確認して、彼の腕から離れる。
疲れた。
今日一日だけで、とんでもなく疲れた。
「……。君も、ずっとここにいられたらいいのに」
「そんなの、無理に決まってるでしょ」
「ゴメン。傷つける気はなかったんだ」
傷つける? 傷ついたの?
誰が? 私が?
誰に? 何に対して?
そんなこと、ノアには関係ない。
立ち止まった彼を置いて、誰もいない廊下を私は先に歩く。
「僕があの館を出たのは、君から離れようとしたんじゃなくて……」
「ノア。どんな言い訳も、私には必要ないわ」
そう言って振り返る。
私は私の役割を果たさなければ。
ノアは今、私にそれを求めている。
「分かってる。そうしなければいけなかったんでしょう? 誰のためでもない、あなた自身の立場がそうさせてるだけ。私もそう。あなたと私は同じ。だから、気にしてないから」
「僕の気持ちは、ずっと変わらない」
「私もよ、ノア」
彼の頬に、そっと手を添える。
いつも見慣れた決して崩れることのない優しい笑顔が、今だけはなぜか険しい。
「もう行かないと、あなたまで叱られてしまうわ」
「馬車まで送るよ」
「ううん。一人で大丈夫だから」
「だけど……」
「ノアは来ないで。一人にさせて」
「……。じゃ、また」
「うん。またね」
ノアには別の、ちゃんとしたお妃が選ばれる。
政情不安定な外国から来た厄介な姫より、国内の有力貴族の娘を妃に迎える方が、ノアの将来にとって大切なことだ。
優秀な兄王子二人を持ち、国政にやっと参加させてもらえるようになったばかりのノアを思えば、彼の立場も理解出来る。
そういうことなんでしょ?
一人馬車に乗り込んだ。
数時間の短い滞在を終え、帰路につく。
胸が苦しい。
だけどこれは、どういう痛み?
私には私の役目があって、ノアにはノアの立場がある。
それは生まれた時から決まっていて、どうあがいたって逃れられるものではないのだ。
頬を伝って何かが落ちる。
初めての感触が、まだ唇に残っている。
もしかしたら、ノアにとっては初めてじゃなかったのかもしれない。
別に何の意味のない、そう、あの黄色い花のプロポーズのような、冗談のようなものなんだ。
それに思い至った時、私はぎゅっとその全てを拭い去った。
来た時と同じように、私たちは見つめ合い微笑む。
そうすることが、決まりだから。
退場の挨拶をすませ、廊下へ出た。
扉が閉まったことを確認して、彼の腕から離れる。
疲れた。
今日一日だけで、とんでもなく疲れた。
「……。君も、ずっとここにいられたらいいのに」
「そんなの、無理に決まってるでしょ」
「ゴメン。傷つける気はなかったんだ」
傷つける? 傷ついたの?
誰が? 私が?
誰に? 何に対して?
そんなこと、ノアには関係ない。
立ち止まった彼を置いて、誰もいない廊下を私は先に歩く。
「僕があの館を出たのは、君から離れようとしたんじゃなくて……」
「ノア。どんな言い訳も、私には必要ないわ」
そう言って振り返る。
私は私の役割を果たさなければ。
ノアは今、私にそれを求めている。
「分かってる。そうしなければいけなかったんでしょう? 誰のためでもない、あなた自身の立場がそうさせてるだけ。私もそう。あなたと私は同じ。だから、気にしてないから」
「僕の気持ちは、ずっと変わらない」
「私もよ、ノア」
彼の頬に、そっと手を添える。
いつも見慣れた決して崩れることのない優しい笑顔が、今だけはなぜか険しい。
「もう行かないと、あなたまで叱られてしまうわ」
「馬車まで送るよ」
「ううん。一人で大丈夫だから」
「だけど……」
「ノアは来ないで。一人にさせて」
「……。じゃ、また」
「うん。またね」
ノアには別の、ちゃんとしたお妃が選ばれる。
政情不安定な外国から来た厄介な姫より、国内の有力貴族の娘を妃に迎える方が、ノアの将来にとって大切なことだ。
優秀な兄王子二人を持ち、国政にやっと参加させてもらえるようになったばかりのノアを思えば、彼の立場も理解出来る。
そういうことなんでしょ?
一人馬車に乗り込んだ。
数時間の短い滞在を終え、帰路につく。
胸が苦しい。
だけどこれは、どういう痛み?
私には私の役目があって、ノアにはノアの立場がある。
それは生まれた時から決まっていて、どうあがいたって逃れられるものではないのだ。
頬を伝って何かが落ちる。
初めての感触が、まだ唇に残っている。
もしかしたら、ノアにとっては初めてじゃなかったのかもしれない。
別に何の意味のない、そう、あの黄色い花のプロポーズのような、冗談のようなものなんだ。
それに思い至った時、私はぎゅっとその全てを拭い去った。