第三王子の婚約者~内戦状態の母国から生き延びるため隣国へ送られた王女はそこで出会った王子と恋をする~
第3話
「このような御無礼をお許しください。ノアさまがどうしても、今じゃなきゃ無理だとおっしゃいましたので……」
歳はノアと変わらないくらい。
一つか二つくらいは上なのかな?
エドガーと名乗った彼は、とても申し訳なさそうにしている。
「アデルが悪いんだ。紹介しようと思ったのに、城に来ないから」
「だから、急ぐことなんかなかったじゃないですか」
「エドガーもこれから、この家に通うことになるだろ? だったら早いほうがよかったじゃないか。お使いを頼むこともあるだろうし」
背はノアより少し高いくらい。
筋肉質のしっかりとした体をしている。
彼はタオルを手に持ったまま、まだ少し緊張しているみたい。
「とにかく。これからはこのエドガーが僕の代わりに来ることもあるだろうから、覚えておいてほしいんだ」
「よろしくお願いします」
そう言ってエドガーは、私に礼をしたあとで、招待客であるエミリーたちにも挨拶をする。
「彼はシュバリエなんだ。士官学校を首席で卒業したからね」
「まぁ、騎士さまでいらっしゃるのですね」
どうりで。
名門貴族の方とは、何となく持っている雰囲気が違う……。
「これから、サロンにもお越しになるの?」
私がそう言うと、ノアはエドガーを振り返った。
「さぁ、どうだろう。僕にずっとくっついていたら、そんな暇はないかもしれないな」
「あぁいうところは……。私には、あまり向きませんので」
真っ直ぐな黒髪の端正な顔立ちに、女の子たちの興味は、すっかりエドガーに向かっている。
「まぁ、ちょっと素敵な方じゃない?」
「温かいお茶でもいかがです?」
ノアはエミリーたちの方に向き直ると、にっこりと微笑んだ。
「ありがとう。君たちも、彼と仲良くしてくれると助かるよ」
早速お茶とお菓子が振る舞われ、すっかり馴染んでしまった。
どこまでも弾むおしゃべりには、終わりが見えそうにない。
「それで、ノアは何をしにいらしたの?」
私は重い口を開いた。
ようやく彼の視線がこちらを向く。
「君の誕生日を、本当に僕抜きで終わらせるつもりだったの?」
「……。だって、今日はどうしても大切な用事があるから、来られないって、そう言ってたじゃない」
ノアの眉がピクリと動いた。
彼は私の誕生日会に、来たがっていたのに。
その嘘に、ノアはじっと目を閉じてから、静かにそれを開いた。
「ゴメン。君に、そんな思いをさせるつもりはなかったんだ」
ノアは濡れた上着の内側から、小さな封筒を取りだす。
「だけどどうしても、今日中にこれだけは渡しておきたかったんだ。雨の中でなら、渋々でも部屋に入れてくれると思ったから」
一歩近づいた彼の手が、私の手を掴む。
その手に封筒を握らせた。
とても軽くて、カサカサしている。
「ねぇ、これはな……」
ノアの顔が近づき、頬に軽いキスをする。
女の子たちから歓声が上がった。
「じゃ。すぐに戻らなくちゃいけないから。邪魔して悪かった」
ノアは庭へ続くガラス扉を開けた。
横殴りの雨が部屋へ吹き込んでくる。
「行くぞ、エドガー!」
そのまま飛び出した。
土砂降りの雨の中を駆けてゆく。
エドガーもすぐに後を追った。
「ア、アデル? いいの? お引き留めしなくて」
こんなことまでする必要ないのに。
どうしてわざわざやるの? 何が目的?
エミリーや親しい友達の前でまで、私に演技をさせないでほしい。
頬に残るキスの感触を拭い取る。
「大丈夫よ。だって、本当にお忙しい方なんですもの。こんな雨の中を来てくださっただけでも、幸せだわ」
せっかくの誕生日が台無しだ。
私はその顔に創り出した笑顔を浮かべる。
雨がやむのを待って、エミリーたちは帰っていった。
見送りを済ませた私は、ベッドに倒れ込む。
ノアの顔なんて見たくなかった。
もうこのまま一生見なくたって構わない。
彼の行動に意味なんてない。
もう一度自分に言い聞かす。
この胸の痛みは本物じゃない。
これ以上私に、嘘をつかせないで……。
そんなこと考えながら、私は誕生日の夜を眠れずにいた。
歳はノアと変わらないくらい。
一つか二つくらいは上なのかな?
エドガーと名乗った彼は、とても申し訳なさそうにしている。
「アデルが悪いんだ。紹介しようと思ったのに、城に来ないから」
「だから、急ぐことなんかなかったじゃないですか」
「エドガーもこれから、この家に通うことになるだろ? だったら早いほうがよかったじゃないか。お使いを頼むこともあるだろうし」
背はノアより少し高いくらい。
筋肉質のしっかりとした体をしている。
彼はタオルを手に持ったまま、まだ少し緊張しているみたい。
「とにかく。これからはこのエドガーが僕の代わりに来ることもあるだろうから、覚えておいてほしいんだ」
「よろしくお願いします」
そう言ってエドガーは、私に礼をしたあとで、招待客であるエミリーたちにも挨拶をする。
「彼はシュバリエなんだ。士官学校を首席で卒業したからね」
「まぁ、騎士さまでいらっしゃるのですね」
どうりで。
名門貴族の方とは、何となく持っている雰囲気が違う……。
「これから、サロンにもお越しになるの?」
私がそう言うと、ノアはエドガーを振り返った。
「さぁ、どうだろう。僕にずっとくっついていたら、そんな暇はないかもしれないな」
「あぁいうところは……。私には、あまり向きませんので」
真っ直ぐな黒髪の端正な顔立ちに、女の子たちの興味は、すっかりエドガーに向かっている。
「まぁ、ちょっと素敵な方じゃない?」
「温かいお茶でもいかがです?」
ノアはエミリーたちの方に向き直ると、にっこりと微笑んだ。
「ありがとう。君たちも、彼と仲良くしてくれると助かるよ」
早速お茶とお菓子が振る舞われ、すっかり馴染んでしまった。
どこまでも弾むおしゃべりには、終わりが見えそうにない。
「それで、ノアは何をしにいらしたの?」
私は重い口を開いた。
ようやく彼の視線がこちらを向く。
「君の誕生日を、本当に僕抜きで終わらせるつもりだったの?」
「……。だって、今日はどうしても大切な用事があるから、来られないって、そう言ってたじゃない」
ノアの眉がピクリと動いた。
彼は私の誕生日会に、来たがっていたのに。
その嘘に、ノアはじっと目を閉じてから、静かにそれを開いた。
「ゴメン。君に、そんな思いをさせるつもりはなかったんだ」
ノアは濡れた上着の内側から、小さな封筒を取りだす。
「だけどどうしても、今日中にこれだけは渡しておきたかったんだ。雨の中でなら、渋々でも部屋に入れてくれると思ったから」
一歩近づいた彼の手が、私の手を掴む。
その手に封筒を握らせた。
とても軽くて、カサカサしている。
「ねぇ、これはな……」
ノアの顔が近づき、頬に軽いキスをする。
女の子たちから歓声が上がった。
「じゃ。すぐに戻らなくちゃいけないから。邪魔して悪かった」
ノアは庭へ続くガラス扉を開けた。
横殴りの雨が部屋へ吹き込んでくる。
「行くぞ、エドガー!」
そのまま飛び出した。
土砂降りの雨の中を駆けてゆく。
エドガーもすぐに後を追った。
「ア、アデル? いいの? お引き留めしなくて」
こんなことまでする必要ないのに。
どうしてわざわざやるの? 何が目的?
エミリーや親しい友達の前でまで、私に演技をさせないでほしい。
頬に残るキスの感触を拭い取る。
「大丈夫よ。だって、本当にお忙しい方なんですもの。こんな雨の中を来てくださっただけでも、幸せだわ」
せっかくの誕生日が台無しだ。
私はその顔に創り出した笑顔を浮かべる。
雨がやむのを待って、エミリーたちは帰っていった。
見送りを済ませた私は、ベッドに倒れ込む。
ノアの顔なんて見たくなかった。
もうこのまま一生見なくたって構わない。
彼の行動に意味なんてない。
もう一度自分に言い聞かす。
この胸の痛みは本物じゃない。
これ以上私に、嘘をつかせないで……。
そんなこと考えながら、私は誕生日の夜を眠れずにいた。