第三王子の婚約者~内戦状態の母国から生き延びるため隣国へ送られた王女はそこで出会った王子と恋をする~
第5章
第1話
季節は夏になろうとしていた。
誕生日以降、ノアとは一度も顔を合わせていない。
結局はそういうことなんだろう。
私の気持ちを、ようやく理解してくれたんだと思ってる。
朝になり、目が覚めれば侍女たちがやってくる。
身支度を終える頃には、朝食の準備が出来ていた。
セリーヌがパンと冷たいスープを運んでくる。
「アデルさま、本日は舞踏会にございます」
「えぇ。分かってるわ」
「陛下の代役として、ノアさまとベルトラン公爵さまのお屋敷へ招かれるのですから、くれぐれも失礼のないようにお願いしますよ」
それなのに、よりにもよって厄介な仕事が舞い込んできた。
「はぁ~。気が重い」
「いつものように、にこにこ笑っていればよいのです」
「今日のレッスンはお休み?」
「さすがに当日でございますから。本番に備えておいてください」
舞踏会は夜遅くになってから。
せめてそれまでは、部屋でゆっくり過ごしたい。
食事を終え、うっかりするとすぐに始まってしまうセリーヌの小言から逃れるべく、二階の自室に引きこもった。
ソファに横になると、ついウトウトとしてしまう。
「アデルさま。エドガーさまがお見えです」
扉がノックされた。
「ん、何のご用?」
気づけば、すっかり午後のお茶の時間を過ぎている。
侍女は扉の横でモジモジと立ちつくしたままだ。
「どうしたの?」
「それが……。アデルさまに直接お話ししたいと……」
彼と会うのは、あの嵐の日以来だ。
もちろんノアとも、もう一ヶ月以上会っていない。
仕方なく応接室へ下りてゆくと、彼は軍服をぴったりと何一つ緩むことなく着こなし、座っていた。
私の姿を見かけるなり、スッと立ち上がる。
「お久しぶりでございます」
「そうね。ノアからの伝言かしら」
私が腰を下ろすと、彼もその向かいに座った。
「今夜の舞踏会の件でございます」
「私は来なくてもいいって? 他の方と行くことになったのかしら」
「いえ。そうではなくて……」
私の言葉に、彼は少し驚いたような顔をする。
だけどそれは、すぐに真顔に戻った。
「夕食を城で一緒にとりたいとおっしゃっております。必ずアデルさまをお連れするよう、申しつけられております。お着替えになったら、私と馬車でご同行ください」
「……。嫌です」
そう答えたのに、彼は何一つ顔色を変えない。
黒い目がじっとこちらを見据えている。
「ご同行ください」
「嫌です!」
キッとにらみつけても、微動だにしない。
私は立ち上がった。
「夕食をここで済ませた後、お城へ向かいます。その時でよろしければ、ご一緒します」
返事はない。
だったら私にも用はない。
立ち去ろうとした瞬間、彼も立ち上がった。
「ノアさまがお待ちです。どうかご支度を」
「セリーヌを呼んできてちょうだい」
「アデルさま!」
彼はじっと私を見下ろした。
「仮にもお二人は婚約者同士です。将来の夫からの申し出は、妻としては聞き入れるべきものではないのですか」
「まぁ! エドガーさまは、面白いことをおっしゃる方なのですね」
ノアはどうして、こんな人をここへ寄こしたのかしら。
「なぜノアさまと連絡をとらないのです?」
「彼からも何の連絡もありませんけど」
「ノアさまは、アデルさまから声をかけられるのを、ずっと待っておいででした」
「そんなの、口ではなんとでも言えます」
「お誕生日の日に、会いに行ったじゃないですか」
「事前にお断りしていたのに?」
そう言うと、彼はグッと押し黙る。
「時間まで、セリーヌに相手をさせましょう。これから長いお付き合いになるのですから、彼女とも親しくなっておくのは当然ですわ」
きっとセリーヌなら、エドガーを追い返してくれるだろう。
ノアだって納得するに違いない。
「分かりました。ではそのようにノアさまには報告しておきます。それでよろしいですか」
「あら、セリーヌはよろしくて?」
「結構です」
「ノアには、城には入らず馬車で待っていると、お伝えください」
「……。アデルさまは、なぜノアさまを避けていらっしゃるのですか。ノアさまはずっとそれを気にかけておいでです」
私は、何も分かっていない彼を見上げた。
「ノアが、私のどこに気をかけると言うのです?」
「あなたは、本当にご存じないのですね」
エドガーは静かに一礼をすると、部屋を出て行く。
私がノアのことを知らない?
知ってどうするの?
ノアだって、私のことを何にも知らないじゃない。
知ろうともしてないくせに。
イライラする。
窓の外を見ると、本当にノア専用の馬車で迎えに来ていたようだった。
公式行事にも使われる豪華な馬車だ。
動き出すその屋根飾りに、わずかな罪悪感を覚える。
それでも今の私には、ノアと顔を合わせるのは嫌で仕方がない。
本当は舞踏会になんて、出席もしたくないのに……。
誕生日以降、ノアとは一度も顔を合わせていない。
結局はそういうことなんだろう。
私の気持ちを、ようやく理解してくれたんだと思ってる。
朝になり、目が覚めれば侍女たちがやってくる。
身支度を終える頃には、朝食の準備が出来ていた。
セリーヌがパンと冷たいスープを運んでくる。
「アデルさま、本日は舞踏会にございます」
「えぇ。分かってるわ」
「陛下の代役として、ノアさまとベルトラン公爵さまのお屋敷へ招かれるのですから、くれぐれも失礼のないようにお願いしますよ」
それなのに、よりにもよって厄介な仕事が舞い込んできた。
「はぁ~。気が重い」
「いつものように、にこにこ笑っていればよいのです」
「今日のレッスンはお休み?」
「さすがに当日でございますから。本番に備えておいてください」
舞踏会は夜遅くになってから。
せめてそれまでは、部屋でゆっくり過ごしたい。
食事を終え、うっかりするとすぐに始まってしまうセリーヌの小言から逃れるべく、二階の自室に引きこもった。
ソファに横になると、ついウトウトとしてしまう。
「アデルさま。エドガーさまがお見えです」
扉がノックされた。
「ん、何のご用?」
気づけば、すっかり午後のお茶の時間を過ぎている。
侍女は扉の横でモジモジと立ちつくしたままだ。
「どうしたの?」
「それが……。アデルさまに直接お話ししたいと……」
彼と会うのは、あの嵐の日以来だ。
もちろんノアとも、もう一ヶ月以上会っていない。
仕方なく応接室へ下りてゆくと、彼は軍服をぴったりと何一つ緩むことなく着こなし、座っていた。
私の姿を見かけるなり、スッと立ち上がる。
「お久しぶりでございます」
「そうね。ノアからの伝言かしら」
私が腰を下ろすと、彼もその向かいに座った。
「今夜の舞踏会の件でございます」
「私は来なくてもいいって? 他の方と行くことになったのかしら」
「いえ。そうではなくて……」
私の言葉に、彼は少し驚いたような顔をする。
だけどそれは、すぐに真顔に戻った。
「夕食を城で一緒にとりたいとおっしゃっております。必ずアデルさまをお連れするよう、申しつけられております。お着替えになったら、私と馬車でご同行ください」
「……。嫌です」
そう答えたのに、彼は何一つ顔色を変えない。
黒い目がじっとこちらを見据えている。
「ご同行ください」
「嫌です!」
キッとにらみつけても、微動だにしない。
私は立ち上がった。
「夕食をここで済ませた後、お城へ向かいます。その時でよろしければ、ご一緒します」
返事はない。
だったら私にも用はない。
立ち去ろうとした瞬間、彼も立ち上がった。
「ノアさまがお待ちです。どうかご支度を」
「セリーヌを呼んできてちょうだい」
「アデルさま!」
彼はじっと私を見下ろした。
「仮にもお二人は婚約者同士です。将来の夫からの申し出は、妻としては聞き入れるべきものではないのですか」
「まぁ! エドガーさまは、面白いことをおっしゃる方なのですね」
ノアはどうして、こんな人をここへ寄こしたのかしら。
「なぜノアさまと連絡をとらないのです?」
「彼からも何の連絡もありませんけど」
「ノアさまは、アデルさまから声をかけられるのを、ずっと待っておいででした」
「そんなの、口ではなんとでも言えます」
「お誕生日の日に、会いに行ったじゃないですか」
「事前にお断りしていたのに?」
そう言うと、彼はグッと押し黙る。
「時間まで、セリーヌに相手をさせましょう。これから長いお付き合いになるのですから、彼女とも親しくなっておくのは当然ですわ」
きっとセリーヌなら、エドガーを追い返してくれるだろう。
ノアだって納得するに違いない。
「分かりました。ではそのようにノアさまには報告しておきます。それでよろしいですか」
「あら、セリーヌはよろしくて?」
「結構です」
「ノアには、城には入らず馬車で待っていると、お伝えください」
「……。アデルさまは、なぜノアさまを避けていらっしゃるのですか。ノアさまはずっとそれを気にかけておいでです」
私は、何も分かっていない彼を見上げた。
「ノアが、私のどこに気をかけると言うのです?」
「あなたは、本当にご存じないのですね」
エドガーは静かに一礼をすると、部屋を出て行く。
私がノアのことを知らない?
知ってどうするの?
ノアだって、私のことを何にも知らないじゃない。
知ろうともしてないくせに。
イライラする。
窓の外を見ると、本当にノア専用の馬車で迎えに来ていたようだった。
公式行事にも使われる豪華な馬車だ。
動き出すその屋根飾りに、わずかな罪悪感を覚える。
それでも今の私には、ノアと顔を合わせるのは嫌で仕方がない。
本当は舞踏会になんて、出席もしたくないのに……。