第三王子の婚約者~内戦状態の母国から生き延びるため隣国へ送られた王女はそこで出会った王子と恋をする~

第2話

 夜になった。


イブニングドレスに着替えた私は、ノアの住む城へ向かう。


馬車寄せで下りると、宣言通りそのままベルトラン公爵邸へ向かう馬車に乗り換えた。


しばらくして、ノアが同じ馬車へ乗り込んでくる。


彼はいつものように白を基調とした衣装を着ていて、私もノアのスタイルに合わせた白をメインとしたドレスだ。


髪色に合わせたティーレッドのグラデーションに金糸で細かい花柄が縫い込まれている。


 無言のまま、馬車は動き始める。


ノアは手袋をつけるのに苦労していて、私はじっと窓の外を見ている。


何か話しかけてくるかと思ったけど、結局到着するまで、互いに一言も口を開かなかった。


馬車が止まると、先に下りたノアは私に手を差し伸べる。


下りるのを助けてもらうと、そこからいつものように自然と腕を組み歩き始めた。


松明の並ぶ通路を、出迎えの従者たちが頭を下げる。


城に入り二人きりになったところで、私はその腕から離れた。


ノアの冷たい声が石造りのドームに響く。


「アデル。今日は国王陛下の代理なんだ」


「分かってる」


 その廊下は、絨毯を敷いていても靴音が響く。


会場前の扉に先に立った私に、ノアが並んだ。


「アデル。頼んだよ」


 その言葉に、私は自分で自分に魔法をかける。


キッと前を向いた。


「マルゴー王国第三王子ノアさまと、シェル王国王女アデルさまのご到着です」


 扉が開かれる。


一斉に視線の集まる中、私たちは見つめ合い、にっこりと微笑んだ。


挨拶を済ませ階段を下りる。


「今夜は君を離さないよ」


「まぁ、それは楽しみですわ」


 フロアに着くなり、ノアは私を中央へ連れ出し、ダンスに誘った。


当然、いつものように、互いの手を重ねる。


「エドガーを送ったのに。どうして来てくれなかったの」


「あなたが来ないから、すねてただけよ」


 音楽が始まる。


軽快なリズムに乗って、私は彼の腕に身を委ねている。


「会えなくて寂しかった」


「私もよ、ノア」


 こんな時でしか、何も言わないノアが嫌い。


私がちゃんと返事が出来ないのを知っていて、ワザと聞いてくるこの人が嫌い。


「ねぇアデル……」


 彼のリードに合わせて、くるりと身を翻す。


「僕を許してくれないか。君の顔を見ない日がこれ以上続くのは、もう耐えられないんだ」


「まぁ、あなたが私に許しを請うことなんて、何もありませんのに」


「本当に?」


「もちろんです」


 それでも、そんな彼の言葉を聞いて、安心している自分も嫌い。


「キスしても?」


「頬になら」


 スルリとダンスの輪を抜け出す。


彼の手が頬に触れ、そこにキスをした。


そのまま腰を抱き寄せると、耳元でささやく。


「今夜僕が踊るのは、君とコリンヌだけだ。彼女とは1回だけ踊るけど、怒らないで」


「まぁ、私がそんなことで腹を立てるような人間に見えます?」


 やっぱりノアは、私が何で怒っているのか、その理由を分かっていない。


優しく微笑んで、彼を見上げる。


「ヘンなノア。気にしすぎよ」


「ならいいんだ。君にそう言ってもらえて、ようやく生き返ったよ」


 こんな言葉をそのまま鵜呑みにするなんて、ノアだって都合がよすぎない? 


コリンヌと踊りたいのなら、いくらでも勝手に踊ればいい。


 早速、公爵夫妻が近づいてきた。


何気ない会話で挨拶を交わす。


あれ、ちょっと待って? 


コリンヌとリディとは、順番に踊るって言ってなかったっけ? 


ということは、私の知らない所で、リディと一度は踊ったということかしら。


そんなこと、どうだっていいけど。


だけどそれは、本当に一度だけ? 


もしかして二度三度? 


遠くに、リディの真っ赤なドレスが見えた。


イヤだ。


彼女に声をかけられる前に、せめて私だけでも姿を隠したい。


絶対に話しかけられたくなんかない。


「失礼。飲み物を取ってまいります」


 そう言って、すぐにその場を離れた。


あぁ。他に誰か知り合いがいたのなら、こんな所からすぐに離れて、どこかに行ってしまえるのに。


辺りを見渡しても、自分から声をかけられそうな、親しい人は一人もいない。


見つからないよう談話室に逃げ込んだつもりだったのに、その彼女の扇とスカートが視界を遮る。


それでも私に対し、丁寧な挨拶をした。


「ごきげんよう。アデルさま」


「お久しぶりですね、リディさま」


 彼女はにっこりと微笑む。


「本当ですわ。ステファーヌさまのお誕生日会以来ですわね。クロードさまのお招きには、来ていらっしゃらなかったのに」


 クロードさま? なによそれ、聞いてない。


「えぇ、とても残念でした」


 リディの艶やかな黒髪からは、知らない香水の香りがする。


「ノアさまは、最近お元気がなかったようですけど、どうされたのでしょうか。アデルさまはご存じ?」


「さぁ。ノアは、私の前ではいつも気丈に振る舞っておりますので」


 そんなこと、知るわけないじゃない。


私が最近、アカデミーに顔を出していないことは、どうせ彼女もここにいる貴族たちも、みんな知っている。


アカデミーに行かない限り、ノアと私が会うこともないのも、本当は仲なんて全然よくないことも、全部公然の秘密だ。


彼女はクスリと微笑んだ。


「彼は本音を話さない?」


「まぁ、なんのことでしょう」


「リディ。僕のアデルに、意地悪なんてしてないだろうね」


 ノアだ。


私の腰に手を回すと、そのまま抱き寄せる。


リディは笑った。


「あら、あなたの心配をしていたのよ。ノア」


「僕の心配をどうして君が?」


「フフ。だって、楽しいんですもの」


 ノアは何だか、気まずいような雰囲気で私をのぞき込む。


「行こう、アデル。リディはいつも、僕にだって意地悪なんだ」


「意地悪なんて、私はされてないわ」


「そうよ、ノア。悪いことを言わないでちょうだい」


「だって、本当のことじゃないか」


「まぁ、アデルさまの前で、私の評判まで下げないでくれる?」


 ノアは彼女の不敵な笑みを聞き流し、私を連れ出した。


「あちらで、ラランド伯爵が待ってる」


 リディはそんな失礼な態度も気にせず、にっこりと微笑む。


「いってらっしゃい、お二人さん」


 会場は濃い茶色と黒を基調とした荘厳な雰囲気に包まれ、金に統一された装飾品が並ぶ。


壁には様々な大判の絵画が掛けられ、その下を華やかな衣装に身を包んだ人々がにこやかに行き交う。


公爵家主催の舞踏会にふさわしい風景だ。


 ノアの隣で、私は自分の本当の顔がどんなものだったかすら忘れるくらい、作りすぎた笑顔で立っている。


何の話しをしていたかなんて、一つも残っていない。


ずいぶんリディと仲がいいのね。


ノアがあんな軽口を叩くのは、私だけだと思っていたのに……。
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