第三王子の婚約者~内戦状態の母国から生き延びるため隣国へ送られた王女はそこで出会った王子と恋をする~
第4話
「ね、僕の誕生日のことも忘れないでよね」
「まだ先じゃない。ノアの誕生日は冬だもの」
「その時はステファーヌ兄さんに負けないくらい、盛大なパーティーにするよ。もちろん君も一緒だ。やっと君を、みんなに自慢できる。僕の素敵な奥さんですよって」
ベルトラン公爵家での舞踏会は続く。
そこからノアは、決して私を手放すことはなかった。
常に寄り添い、腕を組み、並んで歩いた。
髪を撫で、頬に触れ、そっと指にキスをする。
私は決められた通りにこにこ笑って、時にはノアと見つめ合い、笑みを交わす。
長い長い時間も、ようやく終わりの時を迎えた。
「お疲れさま。アデル。家へ戻ろう」
ノアの助けを借りて、来た時と同じように馬車へ乗り込んだ。
扉が閉まると、すぐに動き出す。
二人きりになった車内で、私は舞踏会以上に緊張している。
「アデル……」
向かいに座ったノアが、じっと私を見つめる。
「あの……、ね。そっちの、君の隣に座ってもいいかな」
「どうして?」
「どうしてって……」
ノアはモジモジと顔をそらす。
そんな彼を見ているのが辛くて、私は視線を自分の足元に移す。
「ごめんなさい。気分が優れないのは、本当なの。ずっとにこにこ笑ってて疲れたわ。こういうお付き合いって、案外疲れるものなのね。私にはまだ、慣れないみたい」
「すごく素敵だったよ。ちゃんと出来てた。誰からも文句なんて言われないさ」
「本当に?」
「うん。僕が言うんだ。間違いないよ」
「ちゃんと、『婚約者』出来てた?」
「あ……。うん。それは……、出来てたよ……」
彼のその言葉に、私は安心したように、にっこりと微笑む。
その笑顔が、引きつってなければいいのだけれど。
「じゃあよかった。これで誰からも、笑われないですむわ」
「誰が君のことを笑うの? 笑われた? 今日の舞踏会で? なんだったら僕が……」
「違うの、一般的な話しよ。誰か特定の個人の話しじゃないから。あまり悪く言わないで」
ついため息を漏らしてしまう。
その吐息に、ノアも口を閉ざしてしまった。
王宮までは、まだ遠い。
「ねぇアデル。やっぱり、隣に行ってもいい?」
「はは。ありがとう、ノア。何だかノアと話して、本当に気が楽になったわ。ノアから、ちゃんと婚約者さまを出来てたって言われたのなら、心配する必要はないわね。これからも、この調子でやっていきましょう」
「うん」
ノアはまだ何かを言いたそうにしているけど、そんなことには気づいてあげない。
「明日は朝寝坊しても平気ね。それはうれしいわ」
「帰りが遅いから。普段の時間に起こされたらたまらないよ」
「ノアはまだ、寝起きの機嫌が悪いの?」
「アデルは? アデルは、朝はもう平気になったの?」
私はワザと、今度は軽い息をフッと吐いて、静かに微笑む。
会話すら弾ませたくない。
「もう子供じゃないもの。いつまでもグズグズ寝てたりなんかしないわ」
「ねぇ、アデル。僕はやっぱりそっちへ行きたい。行ってもいい?」
「何だか変な気分ね。私たち恋人同士でもないのに、二人きりで馬車に乗ってるなんて……」
「恋人じゃない。結婚を約束した、婚約者同士だよ」
「だけど、そんなつもりは何一つないもの。ノアだってそうでしょう?」
「アデルは、僕のこと嫌い?」
だからお願い。
そんなことを聞かないで。
これだから二人きりになるのは、どうしても避けたいの。
「嫌いじゃないわ。大好きよ。もちろんじゃない。じゃないと、こんなところに大人しく座って、笑ってなんかいないわ」
「うん、そっか。ならよかった」
ノアは微笑む。
それに合わせて、私も微笑む。
「馬車は、城ではなく君の館の方へ先に寄らせよう。そうすれば、少しでも長く一緒に居られるから」
ノアは御者に指示を出すと、またじっと私を見つめた。
その視線に耐えられなくて、今度は真っ暗な窓の外を見るフリをしながら、横顔を向ける。
そのまま王宮の小さな館に到着するまで、二度と目を合わせることはなかった。
「まだ先じゃない。ノアの誕生日は冬だもの」
「その時はステファーヌ兄さんに負けないくらい、盛大なパーティーにするよ。もちろん君も一緒だ。やっと君を、みんなに自慢できる。僕の素敵な奥さんですよって」
ベルトラン公爵家での舞踏会は続く。
そこからノアは、決して私を手放すことはなかった。
常に寄り添い、腕を組み、並んで歩いた。
髪を撫で、頬に触れ、そっと指にキスをする。
私は決められた通りにこにこ笑って、時にはノアと見つめ合い、笑みを交わす。
長い長い時間も、ようやく終わりの時を迎えた。
「お疲れさま。アデル。家へ戻ろう」
ノアの助けを借りて、来た時と同じように馬車へ乗り込んだ。
扉が閉まると、すぐに動き出す。
二人きりになった車内で、私は舞踏会以上に緊張している。
「アデル……」
向かいに座ったノアが、じっと私を見つめる。
「あの……、ね。そっちの、君の隣に座ってもいいかな」
「どうして?」
「どうしてって……」
ノアはモジモジと顔をそらす。
そんな彼を見ているのが辛くて、私は視線を自分の足元に移す。
「ごめんなさい。気分が優れないのは、本当なの。ずっとにこにこ笑ってて疲れたわ。こういうお付き合いって、案外疲れるものなのね。私にはまだ、慣れないみたい」
「すごく素敵だったよ。ちゃんと出来てた。誰からも文句なんて言われないさ」
「本当に?」
「うん。僕が言うんだ。間違いないよ」
「ちゃんと、『婚約者』出来てた?」
「あ……。うん。それは……、出来てたよ……」
彼のその言葉に、私は安心したように、にっこりと微笑む。
その笑顔が、引きつってなければいいのだけれど。
「じゃあよかった。これで誰からも、笑われないですむわ」
「誰が君のことを笑うの? 笑われた? 今日の舞踏会で? なんだったら僕が……」
「違うの、一般的な話しよ。誰か特定の個人の話しじゃないから。あまり悪く言わないで」
ついため息を漏らしてしまう。
その吐息に、ノアも口を閉ざしてしまった。
王宮までは、まだ遠い。
「ねぇアデル。やっぱり、隣に行ってもいい?」
「はは。ありがとう、ノア。何だかノアと話して、本当に気が楽になったわ。ノアから、ちゃんと婚約者さまを出来てたって言われたのなら、心配する必要はないわね。これからも、この調子でやっていきましょう」
「うん」
ノアはまだ何かを言いたそうにしているけど、そんなことには気づいてあげない。
「明日は朝寝坊しても平気ね。それはうれしいわ」
「帰りが遅いから。普段の時間に起こされたらたまらないよ」
「ノアはまだ、寝起きの機嫌が悪いの?」
「アデルは? アデルは、朝はもう平気になったの?」
私はワザと、今度は軽い息をフッと吐いて、静かに微笑む。
会話すら弾ませたくない。
「もう子供じゃないもの。いつまでもグズグズ寝てたりなんかしないわ」
「ねぇ、アデル。僕はやっぱりそっちへ行きたい。行ってもいい?」
「何だか変な気分ね。私たち恋人同士でもないのに、二人きりで馬車に乗ってるなんて……」
「恋人じゃない。結婚を約束した、婚約者同士だよ」
「だけど、そんなつもりは何一つないもの。ノアだってそうでしょう?」
「アデルは、僕のこと嫌い?」
だからお願い。
そんなことを聞かないで。
これだから二人きりになるのは、どうしても避けたいの。
「嫌いじゃないわ。大好きよ。もちろんじゃない。じゃないと、こんなところに大人しく座って、笑ってなんかいないわ」
「うん、そっか。ならよかった」
ノアは微笑む。
それに合わせて、私も微笑む。
「馬車は、城ではなく君の館の方へ先に寄らせよう。そうすれば、少しでも長く一緒に居られるから」
ノアは御者に指示を出すと、またじっと私を見つめた。
その視線に耐えられなくて、今度は真っ暗な窓の外を見るフリをしながら、横顔を向ける。
そのまま王宮の小さな館に到着するまで、二度と目を合わせることはなかった。