第三王子の婚約者~内戦状態の母国から生き延びるため隣国へ送られた王女はそこで出会った王子と恋をする~

第2話

「アデル、我がラロシュ家の別荘へようこそ!」


「お招きありがとう。エミリー。おかげで素敵な夏になりそうよ」


 馬車を降りるなり駆け寄ってきたエミリーと、互いの手を取りあって喜ぶ。


「ね、いつまでいられるの? 夏の間中?」


「さすがにそれは無理よ。本当はそうしたいところだけど」


「それは残念だわ。だけど、思う存分楽しんでいって! ここでは、あなたを縛るものはなにもないもの」


 深い森に囲まれた、青い屋根の素敵な館だ。


ゲストルームもふんだんにある。


一階のフロアだって、小さな舞踏会を開くのに十分な広さだ。


庭は自然な形になるよう、人の手で植えられた鮮やかな木々が、静かにたたずんでいる。


二階のテラスに案内されると、さっそくおしゃべりが始まった。


「みんなが心配していたのよ、アデル。アカデミーへ全然来なくなっちゃったから。何かあったんじゃないかって」


「だってもう、アカデミーも卒業する歳だもの」


「だけど、アデルは自由に招待されたり、したり出来ない立場だもの。せめて離れの館ではなく、お城にいられたら……」


「ねぇ、そんなつまらない話しはやめましょうよ。もっと楽しい話しがいいわ」


 エミリーはフゥと一つ息を吐き出すと、話題を変えてくれた。


「そうね。私もそっちの方が好きだったわ」


 それからは、刺繍の話し、新しい手袋とハンカチのこと、流行の髪型と靴について。


「凄い。全く知らなかったわ。エミリー。やっぱりあなたは最高ね」


「まぁね。そのあたりの情報収集力は任せて」


 エミリーはニッと笑うと、顔を近づけた。


「ね、実は今日、麓の村で夏祭りがあるの。結構賑やかなお祭りで、周辺からも沢山の人が来るわ。そこへ村娘の服を着て、見物にいくのはどうかしら?」


「えぇ? ……。そんなこと、本当に出来るの? やっても大丈夫なの?」


「大丈夫よ。私、毎年こっそり行ってるの。うちの護衛も慣れてるから、今年くらいアデルも一緒に行って大丈夫よ」


「本当に?」


 彼女は力強くうなずく。


「凄いわ、エミリー! 本当は私も、一度は行ってみたかったの、そういうところ!」


 夕方になり、日が沈むのがこんなにも待ち遠しいなんて、初めてかもしれない。


私たちは侍女から借りた服とエプロンを身に纏うと、外へ飛び出した。


「ね、こんなの初めてよ。ドキドキする!」


「そうでしょう? 私もこのお祭りのために、この時期はここへ来るの。ようやくアデルを誘えてうれしいわ」


 バスケットには、少しのお金を入れてある。これで自分で買い物も出来るんだって!


「大きなかがり火の周りで踊るのよ。それはワルツなんかじゃなくてよ」


「本で読んだことがあるわ。腕を組んで、ぐるぐる回るのでしょう?」


「ふふ。きっとアデルなら、一度見ればすぐに覚えられるわ」


 二人で腕を組み、森の小道を駆け下りる。


真っ白なエプロンとふわふわのスカートは、いつもと違ってとっても動きやすい。


お祭り会場はすぐに分かった。


村はずれの広場に大きな櫓が建てられ、ごうごうと天まで炎があがっている。


村の通りや会場周辺には飲み物や簡単な食べ物を売る屋台が立ち並び、楽隊がひっきりなしに賑やかな音をたてている。


「すごい人ね!」


「アデル。護衛がこっそりついているとはいえ、はぐれないで」


「えぇ、一緒にいましょう」


 人混みの中を縫うように進む。


肩と肩がぶつかっても、ご挨拶もなしだ。


お酒と何かを焼く煙と、色々な臭いが混ざっている。


村中につるされたランプの明かりで、世界は一色に染まっていた。


この屋台では串に刺した肉を、ここでは水飴を。


別のところでは髪飾りや鈴を売っている。


エミリーは一件の店の前で立ち止まった。


「ここのリンゴ酒が美味しいのよ。毎年この時期にだけ出されるお酒なの。ね、アデルも飲むでしょう?」


「お酒なんて、飲んで大丈夫なの?」


「大丈夫。そんなに強くないし、いま、ここじゃなきゃ飲めないお酒よ」


 エミリーが二人分の料金を払う。


店主は愛想良く木製のカップにお酒を注いだ。


「ねぇ、本当に大丈夫?」


「美味しいわよ。飲んでみて」


 エミリーは、私の耳元でささやいた。


「実は私、毎年、このお酒が楽しみで来てるの」


 そう言うと、彼女はそれを一気に飲み干した。


「んー! これよ、コレ!」


 私は恐る恐るカップに口をつける。


甘酸っぱいリンゴの酸味と弾ける炭酸が、口いっぱいに広がった。


「美味しい!」


「でしょ? ね、かがり火の方を見に行ってみましょ」


 彼女に手を引かれ、再び人混みの中を進む。


お酒が入ったせいか、体がぽかぽかして、足元もふわふわする。


「ねぇエミリー? なんだかとってもいい気分だわ」


「ふふ。そうでしょう? あまりハメを外しちゃダメよ。アデルさま」


「まぁ、それはエミリーも同じでしょ?」


「あはは。それもそうね!」


 彼女は人差し指を口元に押し当てると、パチリとウインクした。


火祭りの舞台では、二拍子の軽快なリズムに乗って、村人たちが陽気に踊っている。


王宮の優雅な舞踏会しか知らない私には、全く想像もつかない光景だ。


賑やかに笑い、楽しそうに男女が入り乱れて踊る様子は、見ているだけでも心が躍る。
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