第三王子の婚約者~内戦状態の母国から生き延びるため隣国へ送られた王女はそこで出会った王子と恋をする~
第2話
「ここで舞踏会を開くんだ。その招待状をデュレー公爵家に送ればいい」
「シモンの? この別邸で?」
「そう、ホストはシモンだ」
「そんな! それじゃ、デュレー公爵は来ないわ。お詫びになんてならないじゃない」
「僕が行ったところで、どうせうやむやにだれるだけだ」
身分が違う。
シモンの家は伯爵家だ。
当主であるシモンのお父さまがホストになるのならともかく、この別邸でシモン自身がホスト役となるのなら、絶対にデュレー公爵ご本人は来ない。
「シモンの名前で招待状を出したところで、デュレー公爵は来られない。だけど、僕がここにいる。きっと彼は、自分の代わりにコリンヌを寄こすだろう」
ノアを振り返る。
コリンヌが、ここに来るの?
「いやいやいやいや、ちょっと待て! それはさすがに無茶すぎる!」
「あぁ、なるほど」
ポールは妙に納得した様子でうなずく。
「ま、いいんじゃね?」
「それは名案ね! デュレー公爵は、すっごく悔しがるでしょうけど」
エミリーまで乗り気だ。
「じゃ、シモン。そういうことで」
シモンはノアからの突然の提案に、ただただ困惑している。
「いやいや無理だって。やったことないんだけど、ホストなんて……」
「いいじゃないか。いずれはすることになるんだ。僕もポールも手伝うよ。それに、アデルとエミリーにとっても、いい経験になるんじゃないの?」
「はいはい! 私は手伝うわよ!」
「俺も~」
シモンだけが困ったように盛大なため息をつき、ソファにぐったりと座り込む。
「全く。なんて提案をしてくれるんだ……。ふざけんなよ、このわがまま王子……」
「あはは。さぁ、こうなったら忙しくなるぞ。まずは会場となる広間を視察しに行こう」
みんなで一階の広間へ移動する。
夏の別荘だ。
招待したとしても、2、30人が限界といったところだろう。
舞踏会の規模としては、さほど大きくはない。
「いいじゃないか。仲のいい身内だけの小さな舞踏会なら、ホスト役デビューとしても悪くない」
「ひと夏の思い出?」
「そ。いいだろ?」
「……。そう上手くいくもんか」
何だかすっかり元気のなくなったシモンを挟んで、ポールとエミリーはやたら張り切っている。
ノアも楽しそうだ。
「ねぇ、ノア?」
「どうしたの、アデル」
「……ノアは、コリンヌに会いたいの?」
「あぁ、会いたいね。ぜひこの屋敷に招待したい」
見上げた彼は、本当に彼女を呼び寄せたいようだった。
ノアにとってコリンヌは、他とは違う特別な存在のような気はしていたけど、それに間違いはないみたい。
それからの日々は、本当に大変だった。
招待状を送る相手を選び、それをシモンに書かせる。
その間に客間の整理と楽隊の手配をし、食事のメニューを考えると、仕入れを頼み、使用人の数もさらに追加させた。
「コリンヌは、数日でも滞在出来ないのかな」
「僕が引き留めようか?」
「ノアが?」
「それなら、デュレー公爵も断れないだろ?」
「逆に乗り込んで来たらどうすんだよ」
「さすがに今回は、それはないと思うね」
ノアとポールは楽しそうにしている。
私はそんなノアの腕を、そっと掴んだ。
「ノアは、コリンヌさまにお会いしたかったの?」
「アデルにも紹介するよ。本当に来てくれればいいんだけど。こればっかりは分からないからね」
「……そっか。そうだね」
見上げる嬉しそうな横顔に、つい胸が痛む。
私ももっと、楽しそうにしていなければならないのに……。
ホームパーティーの当日を迎えた。
その日は朝からエミリーが張り切っていて、誰よりも早く起きて会場の飾り付けに口を出している。
「エミリーは、本当に今日が楽しみだったのね」
「もちろんよ。アデルはそうじゃないの?」
エミリーにですら、何だか本音を言いにくい。
言いにくいけど、言わずにはいられない。
「コ、コリンヌさまは、ノアのお妃候補の一人だから……」
「だからデュレー公爵は、ここまで乗り込んで来れたのよねぇ~」
「そ、それは、やっぱりコリンヌとノアには、仲良くなってほしいっていうか……」
「仲はいいでしょ。じゃなきゃ、呼ぼうとか言わないだろうし」
「え? そんなにあの二人は、仲がよかったの? いつから?」
「えぇ? なに言ってんのアデル」
そう言うと、ようやく振り向いたエミリーは、私の肩をポンと叩いた。
「さ、もう一度招待客のリストを確認しておきましょ」
違う。
このままじゃ、素直にシモンの初めてのパーティーを楽しめない。
この大好きな大切なみんなの前で、私は自分の一番みっともない、恥ずかしい姿を見せたくない。
「エ、エミリーは……! コリンヌのこと、どう思ってるの?」
「コリンヌ?」
彼女は不思議なものを見るように、私をのぞきこんだ。
「どうしたのアデル?」
「だ、だって、コリンヌは、ノアと……。その……。け、結婚したいと、思ってるはずだし?」
エミリーはポカンとした顔で、私を見つめる。
「だ、だから、コリンヌが来たら、やっぱりノアはそれなりの対応しなくちゃいけないんだろうし、だったら私も、お城の舞踏会みたいに、ちゃんとしなくちゃいけないのかなーなんて。そしたらドレスとかも、もっとちゃんと……」
突然、エミリーは豪快に笑い始めた。
「やだ。アデルったら、もしかしてヤキモチ焼いてるの?」
「ち、ちがっ、そんなんじゃなくて! だって、コリンヌはそのために……」
「うふふ。アデルかわいー」
エミリーはニヤニヤしながら、変な角度まで首をかしげ、下から私をのぞき込む。
「えへへ。私は優しいから、ノアさまには内緒にしといてあげるー。すぐにしゃべっちゃうかもだけどー」
「な、ちょっと、なに言って……」
「あ、ほら。愛しのノアさまが呼んでるわよ。いってらっしゃい!」
彼女にドンと背中を押され、ふらりとよろける。
「アデル? 大丈夫?」
その私の背に、ノアの手が回った。
そのままの流れで、正面エントランス横の応接室へ連れて行かれる。
「シモンと最終確認しておこう」
彼もすっかり、この小さな舞踏会に夢中だ。
その準備と段取りについて、一生懸命話している。
あれだけ約束したのに、やっぱり私のことは見てくれない。
「ね、ノアはコリンヌのこと好き?」
「好きだよ。なんで?」
「あ、うん。やっぱり、そうなんだ。わ、私、実はあんまりしゃべったことがなくて……」
「あぁ、来たら紹介する」
シモンと一緒に、もう一度舞踏会の進行を確認する。
開始時刻は間もなくだ。
本当にシモンのお友達だけが招待されている、小さな小さな舞踏会だ。
エミリーとポールとも、共通の知り合いが多い。
いつもの緊張感あふれる社交界のそれとは違う、本当に楽しい夏のパーティーだ。
ホスト役の誰もがメインゲストを楽しみにしているのに、私だけが落ち着かない。
今日のためにエミリーと新調した、レースのサマードレスの裾を持ち上げる。
「ねぇ、ノア」
「ん、なに?」
「このドレスどう? 変じゃない?」
「大丈夫だよ、問題ない」
やっぱりノアになんか、聞いてもダメだった。
私たちは、揃って玄関のすぐ脇にある応接室で待機している。
早速、最初の馬車が到着した。
「シモンの? この別邸で?」
「そう、ホストはシモンだ」
「そんな! それじゃ、デュレー公爵は来ないわ。お詫びになんてならないじゃない」
「僕が行ったところで、どうせうやむやにだれるだけだ」
身分が違う。
シモンの家は伯爵家だ。
当主であるシモンのお父さまがホストになるのならともかく、この別邸でシモン自身がホスト役となるのなら、絶対にデュレー公爵ご本人は来ない。
「シモンの名前で招待状を出したところで、デュレー公爵は来られない。だけど、僕がここにいる。きっと彼は、自分の代わりにコリンヌを寄こすだろう」
ノアを振り返る。
コリンヌが、ここに来るの?
「いやいやいやいや、ちょっと待て! それはさすがに無茶すぎる!」
「あぁ、なるほど」
ポールは妙に納得した様子でうなずく。
「ま、いいんじゃね?」
「それは名案ね! デュレー公爵は、すっごく悔しがるでしょうけど」
エミリーまで乗り気だ。
「じゃ、シモン。そういうことで」
シモンはノアからの突然の提案に、ただただ困惑している。
「いやいや無理だって。やったことないんだけど、ホストなんて……」
「いいじゃないか。いずれはすることになるんだ。僕もポールも手伝うよ。それに、アデルとエミリーにとっても、いい経験になるんじゃないの?」
「はいはい! 私は手伝うわよ!」
「俺も~」
シモンだけが困ったように盛大なため息をつき、ソファにぐったりと座り込む。
「全く。なんて提案をしてくれるんだ……。ふざけんなよ、このわがまま王子……」
「あはは。さぁ、こうなったら忙しくなるぞ。まずは会場となる広間を視察しに行こう」
みんなで一階の広間へ移動する。
夏の別荘だ。
招待したとしても、2、30人が限界といったところだろう。
舞踏会の規模としては、さほど大きくはない。
「いいじゃないか。仲のいい身内だけの小さな舞踏会なら、ホスト役デビューとしても悪くない」
「ひと夏の思い出?」
「そ。いいだろ?」
「……。そう上手くいくもんか」
何だかすっかり元気のなくなったシモンを挟んで、ポールとエミリーはやたら張り切っている。
ノアも楽しそうだ。
「ねぇ、ノア?」
「どうしたの、アデル」
「……ノアは、コリンヌに会いたいの?」
「あぁ、会いたいね。ぜひこの屋敷に招待したい」
見上げた彼は、本当に彼女を呼び寄せたいようだった。
ノアにとってコリンヌは、他とは違う特別な存在のような気はしていたけど、それに間違いはないみたい。
それからの日々は、本当に大変だった。
招待状を送る相手を選び、それをシモンに書かせる。
その間に客間の整理と楽隊の手配をし、食事のメニューを考えると、仕入れを頼み、使用人の数もさらに追加させた。
「コリンヌは、数日でも滞在出来ないのかな」
「僕が引き留めようか?」
「ノアが?」
「それなら、デュレー公爵も断れないだろ?」
「逆に乗り込んで来たらどうすんだよ」
「さすがに今回は、それはないと思うね」
ノアとポールは楽しそうにしている。
私はそんなノアの腕を、そっと掴んだ。
「ノアは、コリンヌさまにお会いしたかったの?」
「アデルにも紹介するよ。本当に来てくれればいいんだけど。こればっかりは分からないからね」
「……そっか。そうだね」
見上げる嬉しそうな横顔に、つい胸が痛む。
私ももっと、楽しそうにしていなければならないのに……。
ホームパーティーの当日を迎えた。
その日は朝からエミリーが張り切っていて、誰よりも早く起きて会場の飾り付けに口を出している。
「エミリーは、本当に今日が楽しみだったのね」
「もちろんよ。アデルはそうじゃないの?」
エミリーにですら、何だか本音を言いにくい。
言いにくいけど、言わずにはいられない。
「コ、コリンヌさまは、ノアのお妃候補の一人だから……」
「だからデュレー公爵は、ここまで乗り込んで来れたのよねぇ~」
「そ、それは、やっぱりコリンヌとノアには、仲良くなってほしいっていうか……」
「仲はいいでしょ。じゃなきゃ、呼ぼうとか言わないだろうし」
「え? そんなにあの二人は、仲がよかったの? いつから?」
「えぇ? なに言ってんのアデル」
そう言うと、ようやく振り向いたエミリーは、私の肩をポンと叩いた。
「さ、もう一度招待客のリストを確認しておきましょ」
違う。
このままじゃ、素直にシモンの初めてのパーティーを楽しめない。
この大好きな大切なみんなの前で、私は自分の一番みっともない、恥ずかしい姿を見せたくない。
「エ、エミリーは……! コリンヌのこと、どう思ってるの?」
「コリンヌ?」
彼女は不思議なものを見るように、私をのぞきこんだ。
「どうしたのアデル?」
「だ、だって、コリンヌは、ノアと……。その……。け、結婚したいと、思ってるはずだし?」
エミリーはポカンとした顔で、私を見つめる。
「だ、だから、コリンヌが来たら、やっぱりノアはそれなりの対応しなくちゃいけないんだろうし、だったら私も、お城の舞踏会みたいに、ちゃんとしなくちゃいけないのかなーなんて。そしたらドレスとかも、もっとちゃんと……」
突然、エミリーは豪快に笑い始めた。
「やだ。アデルったら、もしかしてヤキモチ焼いてるの?」
「ち、ちがっ、そんなんじゃなくて! だって、コリンヌはそのために……」
「うふふ。アデルかわいー」
エミリーはニヤニヤしながら、変な角度まで首をかしげ、下から私をのぞき込む。
「えへへ。私は優しいから、ノアさまには内緒にしといてあげるー。すぐにしゃべっちゃうかもだけどー」
「な、ちょっと、なに言って……」
「あ、ほら。愛しのノアさまが呼んでるわよ。いってらっしゃい!」
彼女にドンと背中を押され、ふらりとよろける。
「アデル? 大丈夫?」
その私の背に、ノアの手が回った。
そのままの流れで、正面エントランス横の応接室へ連れて行かれる。
「シモンと最終確認しておこう」
彼もすっかり、この小さな舞踏会に夢中だ。
その準備と段取りについて、一生懸命話している。
あれだけ約束したのに、やっぱり私のことは見てくれない。
「ね、ノアはコリンヌのこと好き?」
「好きだよ。なんで?」
「あ、うん。やっぱり、そうなんだ。わ、私、実はあんまりしゃべったことがなくて……」
「あぁ、来たら紹介する」
シモンと一緒に、もう一度舞踏会の進行を確認する。
開始時刻は間もなくだ。
本当にシモンのお友達だけが招待されている、小さな小さな舞踏会だ。
エミリーとポールとも、共通の知り合いが多い。
いつもの緊張感あふれる社交界のそれとは違う、本当に楽しい夏のパーティーだ。
ホスト役の誰もがメインゲストを楽しみにしているのに、私だけが落ち着かない。
今日のためにエミリーと新調した、レースのサマードレスの裾を持ち上げる。
「ねぇ、ノア」
「ん、なに?」
「このドレスどう? 変じゃない?」
「大丈夫だよ、問題ない」
やっぱりノアになんか、聞いてもダメだった。
私たちは、揃って玄関のすぐ脇にある応接室で待機している。
早速、最初の馬車が到着した。