第三王子の婚約者~内戦状態の母国から生き延びるため隣国へ送られた王女はそこで出会った王子と恋をする~

第4話

「コリンヌ?」


 彼女は、駆け寄った私とシモンを見上げた。


乱れた髪に肩で息をしている。


それでもコリンヌは、公爵家の令嬢らしくスカートの裾を持ち上げ、丁寧に挨拶をした。


「せ、先日は、父が大変なご迷惑をおかけしました。アデルさまには、どうか父に代わってお許しを頂きたく、こうして馳せ参じた次第にございます」


 そう言った彼女は、うなだれたまま顔を上げようとしない。


私は慌ててその手を握りしめた。


「そんなこと、私はもう覚えていませんわ。あなたにお会いできて、とても光栄です」


 彼女はひざまずくと、私の手にキスをする。


ようやくコリンヌを立ち上がらせ、再びその手を握りしめた。


「やっとお会いできました。あなたとは一度、ゆっくりお話しがしてみたかったのです」


「アデルさま……」


「コリンヌ! 来てくれたんだね」


 ノアも駆け寄ってくる。


「ノアさま。ノアさまにも、大変な失礼を……」


「そんなことはどうだっていいよ。早速だけど、僕と踊ってくれるだろ?」


「え、えぇ。もちろんですわ、ノアさま」


 ノアの手に、コリンヌの手が重なる。


すぐに踊り始めた二人の姿に、周囲から感嘆の声が漏れる。


「はは。今だけは妬くなよ、アデル」


 ポールが私に手を差し出した。


ダンスの誘いだ。


「何で私が妬くのよ!」


 彼からのその誘いに、私は乗った。


手を重ねた瞬間、ポールはグイと私を引き寄せる。


「だって、さっきまで妬いてたんだろ?」


「や、妬いてません! なんでそんなこと……」


「ウソつけ。エミリーから聞いたぞ」


 ポールの長い腕でリードされると、まるで振り回されてるみたい。


「まずはノアとダンスしなきゃ、シモンとは踊れないんだ。そこは我慢だぞ、アデル」


 ポールは自分の好き勝手に、くるくると私を回す。


大きなリードで体が離れたかと思うと、そのままポールを軸にして反対側にまで振られる。


「ちょっと! もうちょっと優しく踊れないの?」


「はは。俺、ダンスとか苦手だから」


「そういう問題じゃない!」


 全く! 


どうしてエミリーは、こんな自由奔放で好き勝手な人が好きなんだろう。


ポールは今は、自分が楽しいから、自分が楽しいように楽しく踊っている。


ある意味乱暴。


「もうちょっと、ゆっくり! 歩幅くらい合わせてよね!」


「なんでだよ。こんなめでたい時に、そんなチンタラ踊ってられるか」


「ポールも、コリンヌが来てくれて嬉しいのね」


「そりゃそうだろ。アデルは……。あぁ、そうか。妬いてるんだった」


「妬いてません! 私だって嬉しいわよ!」


 ポールがお腹を抱えて笑い出すので、もうダンスなんてお終い! 


怒って途中で抜け出したのに、ポールはまだ笑っている。


もう二度とポールなんかと踊らない。


だからエミリーしか、ダンスの相手がいないんだわ。


 音楽が終わった。


ノアとコリンヌは向かい合い、優雅な挨拶を交わす。


次の曲が始まるタイミングで、シモンはコリンヌの手を取った。


「アデル、お待たせ」


「待ってません!」


「え、うそ。なんで怒ってんの?」


「ノアが踊って欲しいのなら、踊ります」


 ツンと差し出した私の手を、ノアはためらいながらも、すぐに手にとった。


「え、なんで?」


「別に!」


 ノアのリードで滑り出す。


いつものノアとのダンスだ。


何も考えなくても、彼の次の動きが分かる。


ノアも私のステップのクセを知っている。


「あぁ、そうか。アデルは僕に、ヤキモチ焼いてるんだった」


 不意に耳元でささやかれ、つい声が大きくなる。


「だから、妬いてないって!」


「ふふ。そうなの? それは残念だ」


 大きくターン。


その視界に、恥ずかし気に手を取り合う、ダンスを初めて習うカップルのような二人が見えた。


いつも冷静なシモンが、緊張しているのか動きもぎこちない。


さっきまで私と踊っていたあのダンスが、まるで嘘みたいだ。


コリンヌだって、ノアと踊る時は、もっと優雅に完璧なダンスを披露出来るのに……。


「コリンヌはずっと、彼に会いたがってたんだ。シモンはそんなこと、一つも口には出さなかったけど。舞踏会で僕とダンスをする時は、ずっとシモンのことばかり聞いてきてさ。妬けるだろ?」


「まぁ、ノアでもヤキモチを焼くことがあるのね」


「僕はいつだって、君に近づこうとする全ての男に妬いているよ」


 ノアは耳元でささやいた。


ポールがエミリーをダンスに誘っている。


彼女は怪訝そうな顔をしながらも、強引を通り超して、失礼な彼の誘いを受け入れたようだ。


「ね、後のことは任せて、ここからちょっと抜け出さない?」


「抜け出すって、どこへ?」


「ちょっとだけ、ちょっとだから。おいでアデル」


 ノアの手が私の手を引いた。


舞踏会の夜は、賑やかに更けてゆく。


テラスから外に出ると、私たちはこっそり建物の陰に身を潜めた。


「見つかったら、怒られない?」


「シモンのパーティーだよ。誰が怒るの?」


「……。私?」


「じゃあ君に、怒られないようにしておこう」


 ノアの手が私の手を握る。


顔が近づいて、私たちはキスをした。
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