第三王子の婚約者~内戦状態の母国から生き延びるため隣国へ送られた王女はそこで出会った王子と恋をする~
第10章

第1話

 夏の避暑地から王宮に戻ると、いつもの日常が待っている。


私はアカデミーへ通い、ノアは時間を見つけては、そこに会いにくる。


「君もこの城に部屋を持てればいいのに。どうしても聞き入れてもらえないんだ」


「仕方ないわよ。その代わり館を一つ使わせてもらっているのだもの。わがままは言えないわ」


「王宮の客室ならいいって、言うんだ。そんなの僕の部屋から通うには遠すぎる。どうしてだと思う? 完全に兄さんたちからのイジメだ」


「ねぇ、もう時間よ。さっきからエドガーがにらんでる」


「あぁ……」


 ノアは大きなため息をつくと、ようやくソファから立ち上がった。


「夜中に城を抜け出したくても、監視の目が厳しくて」


「これ以上彼を困らせてはダメよ」


「アデルまでそんなことを言うんだ」


 ノアはムッと機嫌を悪くすると、そのまま行ってしまった。


シモンの別邸で、パーティーから抜け出してキスをした。


その時のことが頭をよぎる。


これ以上ノアの近くにいたら、本当にどうにかなってしまいそう。


 その夏の経験を生かして、この小さな緑の館でも、初めてのパーティーをしようという計画が上がっている。


エミリーが言った。


「ま、セリーヌという監視役がいることだし? あそこまで好き勝手は出来ないでしょうけどね」


「それは無理よ。楽しかったけど」


「また来年までお預けね」


「ね、ポールとはどうなってるの?」


「そんなこと、アデルになんて教えないわよ」


「なんで? 別にいいじゃない」


「……。すっごい長くなりそうなんだけど、ホントに聞いていただけますの? 覚悟はよろしくて?」


「もちろんですわ」


「ならよろしい」


 コホンと咳払いしたエミリーに、私はツンと返事を返す。


二人で顔を見合わせると、同時に笑いだした。


やがて庭の木々も色づき始める。


外を吹く風がすっかり涼しくなり始めた。


「アデル、大ニュースだ!」


 その日、ノアはエドガーと共に館の庭へ飛び込んで来た。


「ずっと任されていた治水工事が、ようやく始まるんだ!」


 馬から飛び降りるなり、開け放していた庭から部屋に入ってくる。


「アリフ地方の川で、それほど大きくはない川なんだけど、いつも氾濫してて、そこの河川工事が……」


 ノアが一生懸命話しているのを、私はにこにこと聞いている。


「そう。よかったわね。ノアにとっては、初めての大きな仕事になるのね」


「これから雨の少なくなる季節だから、水量も落ちる。その間に、基礎工事の下見と、実際の工事計画を見直すんだ」


 ノアは、私の手をぎゅっと握りしめた。


「現場を見に行ってくる。ついでに周辺の村や町の様子も見たい。これから日程を詰めるんだけど……。しばらく、王宮を離れることになる」


「そっか。気をつけていってらっしゃい」


「……。工事の下見が、どれくらいかかるか分からないんだ。アリフに行く途中で、道中の町や施設にも立ち寄ることになるかもしれない。せっかくだからね」


「素敵。色んな所を視察してくるのね。ぜひ実りの多いものにしてきて」


「……。一週間や10日どころの話しじゃないよ。最低でも一ヶ月はかかるかもしれない。行くだけで2日3日かかるところだから……」


「アリフの名産って、何かしら。ここよりもだいぶ北よりの地域よね。これからの季節だと冬になるし、日持ちするものじゃないとダメってことね。だったら何か他の……」


「アデル!」


 突然、ノアは怒りだした。


「アデルは、僕がいなくなって寂しくないの?」


「だって、お仕事なのでしょう? 寂しいって言ったって……」


「離れたくないって言った、約束を破ろうとしてるんだよ、僕は!」


 それはそうかもしれないけど、さすがに今回は事情が違う。


返す言葉が見つからない私に、ノアはガックリと首をうなだれた。


「嫌がるか、一緒に行くってごねるかと思った」


 ノアはムッとすねたような顔をすると、くるりと背を向けた。


入って来た庭から出て行こうとするのを、ピタリと立ち止まる。


振り返ったノアと目が合った。


「ここで追いかけてくるの!」


 あぁ、もう。面倒くさい! 
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