第三王子の婚約者~内戦状態の母国から生き延びるため隣国へ送られた王女はそこで出会った王子と恋をする~
第8話
「アデル? どうしたの?」
不意に、彼はささやいた。
「いいえ。あなたとこうして並んで、この日を迎えられることが、夢のようですわ」
「それは、どういうこと?」
思い出す。
6年前のこと。
本当に昨日のことのようだ。
同じように式典が開かれ、私は一人国王陛下の前に進み出た。
その隣に並んでいた小さなノアを見たのが、彼と出会った初めての日だ。
「婚約式の時は、恐ろしくて顔を上げることも出来ませんでした。あなたの靴の先しか見られなかったのに、今はこうして並んで座っています」
「それは僕だって同じだよ、アデル」
ノアは完璧に作り上げた、静かな笑みを浮かべる。
「どんな女の子が来るのか、不安でしかたなかった。だけど今じゃすっかり、いつまでもその子の手を握りたいと思っている」
厳かな式典は終わりを迎え、両国の友好を祝う音楽が流れ始めた。
酒や食事も振る舞われ、和やかな雰囲気に包まれる。
予定通りノアは立ち上がると、ひざまづき、私に手を差し出した。
左手を胸に当て、右手を差し出す。
プロポーズの仕草だ。
周囲からドッと笑い声が起こる。
「僕と踊っていただけませんか? アデルさま」
「もちろんですわ。喜んで」
ノアは私をエスコートすると、舞台中央に進み出た。
楽隊の隊長が指揮棒を構え、合図と同時に体が滑り出す。
「僕はずっと、君とこうしていられると思っていた」
「私もです。ノアさま」
どうしてプロポーズなんてしたの?
ダンスをしなくちゃいけないのは分かっていたけど、わざわざプロポーズの仕草で誘うことはないんじゃない?
ノアは今のこの瞬間も、全て冗談だとでも言いたいの?
胸の鼓動が早い。
音楽が聞き取れない。
ノアのリードがなければ、すぐに足を踏み外してしまいそう。
それでも私は、顔色一つ変えず、仮面のような笑みを浮かべている。
ノアの手が、私の手をギュッと握った。
「君と離ればなれになるなんて、寂しくて身も心もちぎれてしまいそうだ」
「離れていても、私の心はあなたのものです」
「その言葉を、どこまで信じればいい?」
「まぁ、私が嘘偽りを申すとでも?」
「……。信じられない」
「距離が、少し離れるだけです」
「距離?」
ノアのステップに合わせ、ゆっくりとターンしていく。
オランドと目が合った。
「館とお城で離れても、王宮とアリフの荒れた河川に隔てられても、私たちはいつも、心を一つにしていたはず」
「それは今も同じだと?」
「もちろんです」
今なら、今だけは、本当のことが言える。
「私の心は、いつまでもあなたのそばに」
ノアは強く手を引いた。
大きくターン。
振り回されそうな私の、スカートの裾が大きく広がる。
「君にはそれが出来ると?」
「今までもずっと、私たちはそうであったはず」
「信じられない」
「では信じてください」
私は踊ることをやめ、そこに立ち止まった。
「私はあなたを、愛しています」
ノアの頬に触れる。
背を伸ばし、彼に口づけをする。
ノアは私を抱き寄せると、再びその唇を重ねた。
何度も、何度も、深く絡みつくそれを、私は全身で受け止める。
大好きよノア。
さようならノア。
「やっぱりここじゃダメだ。ちゃんと話しをしよう」
「ちゃんとって、もう話しは終わったわ」
「終わってない!」
ノアは私の背に回ると、動揺する会場を突き抜ける。
「待って! どうするの?」
助けを求めようとオランドを探すものの、私の左手は、ノアが背後から掴んだ左手にがっしりと押さえられ、右手の自由も奪われている。
そのオランドは、ステファーヌさまとリディに捕まっていた。
「ま……待って。ノア!」
ノアは私の両手を掴み、背中から追い立てるように進む。
「退場だ」
ノアは扉横にいた役人に言いつけると、私を掴んだまま無理矢理挨拶を済ませる。
「待って。ノア、ダメよ!」
「退場の合図を!」
「シェ、シェル王国王女アデルさま、マルゴー王国第三王子ノアさま、ご退場です」
動揺と混乱に見送られ、扉は閉まった。
その瞬間、私はノアの手を振り払う。
「もう、やめてよ! 最後の最後までなんなの?」
「君は、僕たちが離れたこの先に、なにがあるのか分かってるのか!」
「婚約解消でしょ? それがなんなの」
「僕のことが好きだって、さっき言ったじゃないか!」
「『好き』だなんて言ってないわ」
「じゃあ何て言ったんだ?」
ノアの腕か伸びる。
それに捕まりそうになるのを、全力で押しのけ拒絶する。
「君は僕と別れたいのか!」
「そんなこと、いつ私が言った?」
「言ってないけど、やっている!」
「やってないって!」
ノアとにらみ合う。
だから会いたくなかったのに。
私はあなたに、最後になってまでこんなことを言いたくなかった。
「ねぇ、ノア。話しを聞いて」
手を伸ばし、今度は私の方からそっと彼の腕に触れる。
不意に、彼はささやいた。
「いいえ。あなたとこうして並んで、この日を迎えられることが、夢のようですわ」
「それは、どういうこと?」
思い出す。
6年前のこと。
本当に昨日のことのようだ。
同じように式典が開かれ、私は一人国王陛下の前に進み出た。
その隣に並んでいた小さなノアを見たのが、彼と出会った初めての日だ。
「婚約式の時は、恐ろしくて顔を上げることも出来ませんでした。あなたの靴の先しか見られなかったのに、今はこうして並んで座っています」
「それは僕だって同じだよ、アデル」
ノアは完璧に作り上げた、静かな笑みを浮かべる。
「どんな女の子が来るのか、不安でしかたなかった。だけど今じゃすっかり、いつまでもその子の手を握りたいと思っている」
厳かな式典は終わりを迎え、両国の友好を祝う音楽が流れ始めた。
酒や食事も振る舞われ、和やかな雰囲気に包まれる。
予定通りノアは立ち上がると、ひざまづき、私に手を差し出した。
左手を胸に当て、右手を差し出す。
プロポーズの仕草だ。
周囲からドッと笑い声が起こる。
「僕と踊っていただけませんか? アデルさま」
「もちろんですわ。喜んで」
ノアは私をエスコートすると、舞台中央に進み出た。
楽隊の隊長が指揮棒を構え、合図と同時に体が滑り出す。
「僕はずっと、君とこうしていられると思っていた」
「私もです。ノアさま」
どうしてプロポーズなんてしたの?
ダンスをしなくちゃいけないのは分かっていたけど、わざわざプロポーズの仕草で誘うことはないんじゃない?
ノアは今のこの瞬間も、全て冗談だとでも言いたいの?
胸の鼓動が早い。
音楽が聞き取れない。
ノアのリードがなければ、すぐに足を踏み外してしまいそう。
それでも私は、顔色一つ変えず、仮面のような笑みを浮かべている。
ノアの手が、私の手をギュッと握った。
「君と離ればなれになるなんて、寂しくて身も心もちぎれてしまいそうだ」
「離れていても、私の心はあなたのものです」
「その言葉を、どこまで信じればいい?」
「まぁ、私が嘘偽りを申すとでも?」
「……。信じられない」
「距離が、少し離れるだけです」
「距離?」
ノアのステップに合わせ、ゆっくりとターンしていく。
オランドと目が合った。
「館とお城で離れても、王宮とアリフの荒れた河川に隔てられても、私たちはいつも、心を一つにしていたはず」
「それは今も同じだと?」
「もちろんです」
今なら、今だけは、本当のことが言える。
「私の心は、いつまでもあなたのそばに」
ノアは強く手を引いた。
大きくターン。
振り回されそうな私の、スカートの裾が大きく広がる。
「君にはそれが出来ると?」
「今までもずっと、私たちはそうであったはず」
「信じられない」
「では信じてください」
私は踊ることをやめ、そこに立ち止まった。
「私はあなたを、愛しています」
ノアの頬に触れる。
背を伸ばし、彼に口づけをする。
ノアは私を抱き寄せると、再びその唇を重ねた。
何度も、何度も、深く絡みつくそれを、私は全身で受け止める。
大好きよノア。
さようならノア。
「やっぱりここじゃダメだ。ちゃんと話しをしよう」
「ちゃんとって、もう話しは終わったわ」
「終わってない!」
ノアは私の背に回ると、動揺する会場を突き抜ける。
「待って! どうするの?」
助けを求めようとオランドを探すものの、私の左手は、ノアが背後から掴んだ左手にがっしりと押さえられ、右手の自由も奪われている。
そのオランドは、ステファーヌさまとリディに捕まっていた。
「ま……待って。ノア!」
ノアは私の両手を掴み、背中から追い立てるように進む。
「退場だ」
ノアは扉横にいた役人に言いつけると、私を掴んだまま無理矢理挨拶を済ませる。
「待って。ノア、ダメよ!」
「退場の合図を!」
「シェ、シェル王国王女アデルさま、マルゴー王国第三王子ノアさま、ご退場です」
動揺と混乱に見送られ、扉は閉まった。
その瞬間、私はノアの手を振り払う。
「もう、やめてよ! 最後の最後までなんなの?」
「君は、僕たちが離れたこの先に、なにがあるのか分かってるのか!」
「婚約解消でしょ? それがなんなの」
「僕のことが好きだって、さっき言ったじゃないか!」
「『好き』だなんて言ってないわ」
「じゃあ何て言ったんだ?」
ノアの腕か伸びる。
それに捕まりそうになるのを、全力で押しのけ拒絶する。
「君は僕と別れたいのか!」
「そんなこと、いつ私が言った?」
「言ってないけど、やっている!」
「やってないって!」
ノアとにらみ合う。
だから会いたくなかったのに。
私はあなたに、最後になってまでこんなことを言いたくなかった。
「ねぇ、ノア。話しを聞いて」
手を伸ばし、今度は私の方からそっと彼の腕に触れる。