第三王子の婚約者~内戦状態の母国から生き延びるため隣国へ送られた王女はそこで出会った王子と恋をする~
最終章
第1話
出発の日は、どんよりとした冬の気配を感じさせる、厚い雲の垂れ込めた朝と共に迎えた。
王宮の敷地に、使節団の部隊が隊列を組んで、出発に備えている。
その中心に置かれた、ひときわ大きく豪華な馬車に目が付いた。
私はあれに揺られて、この地を去るんだ。
王宮からはパレード形式で街の郊外まで進み、原野の広がる手前に立てられた野営テントで、出立式が開かれる。
そこでの挨拶が本当の別れだ。
ノックが聞こえた。
「アデルさま」
パッと振り返る。
入って来たのは、オランドだ。
ノアが来るわけないって分かっているのに、まだ期待している自分が怖い。
「出立のお時間です。馬車へお願いします」
「えぇ、分かったわ」
廊下に出ると、城中の役人たちが並んで待っていた。
その行列は馬車寄せまで続く。
「お元気で、アデルさま!」
「ご帰国、おめでとうございます」
「またいらしてくださいね」
見送りの言葉に、晴れやかな笑顔で手を振って応える。
「ありがとう。みなさんもお元気で」
馬車寄せにも、ノアの姿はない。
ここから彼の部屋は見えたっけ。
もしかしたら、そこから見ているかもしれないと、そんなことを思い背筋を伸ばす。
彼の目に映る最後の姿が、どうか勇敢なものでありますように。
「本当に、ありがとう。皆さんもお元気で」
出迎えたフロアーノに助けられ、馬車に乗り込む。
オランドもそこへ同乗した。
出発を知らせるラッパが鳴り響き、馬車が動き出す。
「ふう。無事に出立出来てなによりです」
フロアーノは言った。
「アデルさま。今日のお加減はいかがですか?」
「大丈夫よ」
「そうですか。これから長旅になりますので、お困りごとがあればおっしゃってください。出来ることは限られますが、善処いたします」
「ありがとう」
フロアーノはずっと、これからの予定を話していて、私はそれをぼんやりと聞きながら窓の外を眺めている。
もう二度と、この街の景色を眺めることもないのだろう。
「……。アデルさま。ご了解いただけましたか?」
「えぇ、それでいいわ」
馬車は石畳の上をカタコトと進む。
よくクッションが効いているから、あんまり揺れない。
「昨夜は眠れました?」
不意に、オランドが聞いた。
私は作り慣れた笑顔を向ける。
「大丈夫よ。心配しないで」
「ふぅ」
フロアーノは長い髪をかきあげた。
「全く。昨夜のノアさまには驚きました。いつもあのような感じだったのですか? まぁ、パフォーマンス的にはよかったですけどね。実に大胆で……。刺激的というか」
彼は切れ長の涼やかな顔に、意地悪な笑みを浮かべた。
「とても自由で、面白い方だ」
「いつもではありません。昨日は特別です」
「まぁそうでしょうね。でないと、見ているこちらも身が持ちません。とてもよい演出でした。アデルさまの帰国に関して、国民感情を逆なでしないというか、友好的に送り出す感じがいいですね。よく許されたものです。表向きには一時的な里帰りとなっておりますので」
だけどこの手厚い見送り。
少なくともお城の人たちは、私がもう戻ってこないことを知っている。
「パレードが終わりましたら、テントで簡単な挨拶をステファーヌさまと交わしていただきます。それで本当に最後となります。それ以降、お一人になりたいのであれば、私たちは別の馬車に移動しますが、どうされますか?」
「いいえ。一緒にいてください」
「分かりました。それでは最後のご挨拶のあと、本日の宿まで、ここでご一緒いたしましょう」
こうしている間にも、馬車は進んでゆく。
背の高い洋館のぎっしり並んだ街並みから、次第にのどかで素朴な田園風景へと変わってゆく。
彼らに一緒にいて欲しいと頼んだのは、一人になると泣いてしまいそうだったから。
流れていく風景を、離れてゆく距離を、一人で受け止めるには、寂しすぎたから。
王宮の敷地に、使節団の部隊が隊列を組んで、出発に備えている。
その中心に置かれた、ひときわ大きく豪華な馬車に目が付いた。
私はあれに揺られて、この地を去るんだ。
王宮からはパレード形式で街の郊外まで進み、原野の広がる手前に立てられた野営テントで、出立式が開かれる。
そこでの挨拶が本当の別れだ。
ノックが聞こえた。
「アデルさま」
パッと振り返る。
入って来たのは、オランドだ。
ノアが来るわけないって分かっているのに、まだ期待している自分が怖い。
「出立のお時間です。馬車へお願いします」
「えぇ、分かったわ」
廊下に出ると、城中の役人たちが並んで待っていた。
その行列は馬車寄せまで続く。
「お元気で、アデルさま!」
「ご帰国、おめでとうございます」
「またいらしてくださいね」
見送りの言葉に、晴れやかな笑顔で手を振って応える。
「ありがとう。みなさんもお元気で」
馬車寄せにも、ノアの姿はない。
ここから彼の部屋は見えたっけ。
もしかしたら、そこから見ているかもしれないと、そんなことを思い背筋を伸ばす。
彼の目に映る最後の姿が、どうか勇敢なものでありますように。
「本当に、ありがとう。皆さんもお元気で」
出迎えたフロアーノに助けられ、馬車に乗り込む。
オランドもそこへ同乗した。
出発を知らせるラッパが鳴り響き、馬車が動き出す。
「ふう。無事に出立出来てなによりです」
フロアーノは言った。
「アデルさま。今日のお加減はいかがですか?」
「大丈夫よ」
「そうですか。これから長旅になりますので、お困りごとがあればおっしゃってください。出来ることは限られますが、善処いたします」
「ありがとう」
フロアーノはずっと、これからの予定を話していて、私はそれをぼんやりと聞きながら窓の外を眺めている。
もう二度と、この街の景色を眺めることもないのだろう。
「……。アデルさま。ご了解いただけましたか?」
「えぇ、それでいいわ」
馬車は石畳の上をカタコトと進む。
よくクッションが効いているから、あんまり揺れない。
「昨夜は眠れました?」
不意に、オランドが聞いた。
私は作り慣れた笑顔を向ける。
「大丈夫よ。心配しないで」
「ふぅ」
フロアーノは長い髪をかきあげた。
「全く。昨夜のノアさまには驚きました。いつもあのような感じだったのですか? まぁ、パフォーマンス的にはよかったですけどね。実に大胆で……。刺激的というか」
彼は切れ長の涼やかな顔に、意地悪な笑みを浮かべた。
「とても自由で、面白い方だ」
「いつもではありません。昨日は特別です」
「まぁそうでしょうね。でないと、見ているこちらも身が持ちません。とてもよい演出でした。アデルさまの帰国に関して、国民感情を逆なでしないというか、友好的に送り出す感じがいいですね。よく許されたものです。表向きには一時的な里帰りとなっておりますので」
だけどこの手厚い見送り。
少なくともお城の人たちは、私がもう戻ってこないことを知っている。
「パレードが終わりましたら、テントで簡単な挨拶をステファーヌさまと交わしていただきます。それで本当に最後となります。それ以降、お一人になりたいのであれば、私たちは別の馬車に移動しますが、どうされますか?」
「いいえ。一緒にいてください」
「分かりました。それでは最後のご挨拶のあと、本日の宿まで、ここでご一緒いたしましょう」
こうしている間にも、馬車は進んでゆく。
背の高い洋館のぎっしり並んだ街並みから、次第にのどかで素朴な田園風景へと変わってゆく。
彼らに一緒にいて欲しいと頼んだのは、一人になると泣いてしまいそうだったから。
流れていく風景を、離れてゆく距離を、一人で受け止めるには、寂しすぎたから。