この恋に名前をつけるなら
「お母さん……」
小さい声で私は呟く。
「え?」
車に乗っている女性が結空のお母さんだと知り、仁くんは急いでお辞儀をした。
「行かなきゃ。バイバイ」
私は別れの挨拶を簡単に済ませ、
急いで車の後部座席に乗り込んでいった。
「え?あ!うん」
仁くんは私を見送ってくれた。
お母さんは仁くんを見て、
不適な笑みを浮かべながら車を動かした。
母親の木栖千里《きすみ ちさと》は、
どう見ても三十代前半にしか見えない顔立ち。
とても若く、綺麗だった。
車内では、重苦しい空気が……
お母さんはバックミラーを覗きがら、
後ろに乗っている私に尋ねた。
「さっきの彼氏?どうなの?」
「うん……そうだけど」
「そう。結空にしてはカッコいいじゃない。ふふ」
嘲笑うかのようにお母さんは笑った。
「うん……」
私は顔には出さなかったが、
お母さんの言い方に腹を立てる。
「まあいいわ。恋愛も大事だけど勉強のほうも頑張りなさい」
「うん……分かってる」
私はお母さんだけには、知られたくなかった。
母親のことが嫌いだったから。
思春期とか反抗期だった訳ではない。
人を小馬鹿にする態度。
自分にだけ冷たく接するところが、
物凄く嫌いだった。
その後、
車の中で私とお母さんは喋っていない。
険悪感が漂う車内から、
居心地の悪さが滲み出ていた。