私の幸せな身籠り結婚


みんなは、人殺しの俺を優しく受け入れてくれた。


けれど、その温かな温もりに包まれた俺は、何も感じなかった。そんな残酷な温もりを感じる中、俺はふと思い出す。


そう言えば俺は、この男のことを『父上』と呼んだことが一度もなかったということを。


如月 砂月(きさらぎ さげつ)───…それがあの男の名前だった。あの男は、月の異能の持ち主だった。


そして、俺はその日、思い出したんだ。記憶の奥底に大切にしまい込んでいたあの男との思い出が、沸々と海の泡のように幼き俺の心に心地良く染み渡っていったのだ。


俺があの男を悪人として仕立て上げたのは八の頃。まさに今だ。そしてあの男が初めて俺の婚約者を紹介してきたのが七の頃。


そして、あの男が俺を、たった一人の実の一人息子を血を流しながら命懸けで守ったのが、俺がまだ三の頃だった───。


俺は一番忘れてはいけなかった記憶を、忘れてしまっていたんだ……。


 ◇◇◇


暗い暗い闇の中を、重い重い体で苦しげに彷徨っている感じがずっと続いていた。肺は押し潰されそうなほどに痛くて、足腰はもう限界を迎えているようだ。

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