そして消えゆく君の声
「一つ摘んできたんだ。普段は咲いている花を摘むなんてしないんだけど、これはすぐに閉じてしまうものだし、特別に」

「あ、ありがとう」


 日の落ちた風景に、太陽の色が浮かび上がる。そっと手を伸ばすと幸記くんは穏やかに笑って、今きた道を振り返った。

 そのまま、ぐるりと周囲を見回して。


「俺が花を好きなのは、強いからなんだと思う」


 と、言った。
 

「強い……?」


 首をかしげる私と、足を止める黒崎くん。

 急ぎ足になった暗闇がゆるゆると辺りをつつみこみ、澄んだ静寂に川の音だけが流れているなかで、幸記くんはしずかに言葉を続けた。 


「存在が強いっていうのかな。周りのことなんてお構いなしに、ただそこに咲いていて。たった一人でも、枯れてしまっても、孤独じゃなくて。だから」


 俺も、そんな存在でありたいのかも。


 遠い遠い場所を見ながらそう呟いた幸記くん。細い体をなでるように、草の匂いをはらんだ風が通りすぎていった。 


「………」


 私も、黒崎くんも無言だった。

 あの日、涙に濡れていた男の子。悲しみを隠してうつむいていた男の子は、そんなことを考えていたんだ。

 花みたいに凛としていたいと、強くありたいと。


 つらくて、苦しくて。

 それでも懸命に前を向いて生きようとしている幸記くんの姿は、息がつまるほど気高く見えた。
 
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