そして消えゆく君の声
「……幸記くん」


 たまらず呼びかけた私を見る幸記くんの目は、もう元の悪戯っぽさを取りもどしていて。


「ごめん。なんか変な話になっちゃったね」

「そんなことないよ。そんなこと……」

「難しいこと抜きにしても、花はきれいだし。だから桂さんに上げたくて」


 さっきとは打って変わった明るい語調で話しながら、幸記くんはそっと私の耳もとに触れた。

 なんだろうと手を伸ばすと、指先になにか柔らかい感触がふれて。


「ほら、こんなに可愛い」


 幸記くんの言葉で、それが髪に飾られたさっきの忘れ草だと気付いた。


「行こう。川まであと少しだよ」


 ……。
 …………。


「――――っ!?」


 不意打ちの行動に爆発寸前になった私を見ると、幸記くんはくすくすと笑いながら先を行く黒崎くんを追いかけていった。


「ちょ、幸記く……」


 慌てて名前を呼ぼうとしてもうまく言葉にならない。

 頭のなかを塗りつぶす驚きと恥ずかしさ。頬をおさえておかないと奇声が飛び出しそうだった。


(ま、前と違いすぎる……!)


 幸記くんをやましい目で見たことはない。一度もないと神様に誓えるけれど、今のやり取りは恥ずかしすぎるというか、幸記くんの見た目だと様になってしまうのがますます恥ずかしいというか……!!


 動揺のあまりその場に座りこみそうになる身体を無理やり前に進めると、右足のかかとがズキリと痛む。

 靴擦れ……というほどではないけど、慣れないサンダルに痛みが蓄積されて行っているんだろう。

 帰りも歩かなきゃいけないのに、ああもう。


(お願いだから帰りまでもって)


 胸のなかで小さく祈って、夜に染まった空色の靴紐を引っぱると、私は息を吸ってもう一度足を踏み出した。
 
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