そして消えゆく君の声
「黒崎くん」

「………………」


 寂しいとも悲しいとも違う。言い様のない痛みが胸にこみ上げるひそやかな沈黙。


 私はなぜか、黒崎くんがどこかに行ってしまうような気がして。


「ここに来る計画を立てたのは、黒崎くんなんだよね」


 なんでもいいから話をしなきゃと言葉を続けると、すべるように視線が動いた。


「どうしてホタルを見ようと思ったの?」

「…………」


 いつも通り、何も言わない黒崎くん。
けれど、闇に消えてしまいそうだった目は私を見てくれた。

 ちゃんと見てくれた。

 そして。


「……昔、約束したんだ」

「約束?」

「ああ。………もう、ずっと前の話」


 水面に映る光を見下ろしながら。
 小さく、小さく。


「…………そっか」


 耳をこらさなきゃ聞こえないような声にそれ以上何も聞けなくなって、私はただ横で膝を抱えた。

 蚊に刺されるかなとかバスの時間は平気かなとか、小さな思考はすべて白光へと散って。




 あの時の黒崎くんは、果たせなかった約束と、つぶれそうな胸の痛みを抱えて夜を照らすホタルを眺めていたのだろう。

 夢のようにきれいな光。優しい水の音を、あの人に知ってほしかったと悔やみながら。

 何もかもがもう遅いのだと絶望に嘆きながら。


 それでも。

 例えすべてが悲しい思い出から生まれた出来事だったのだとしても。



 あの日見たホタルは本当に綺麗だった。
 
< 129 / 401 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop