そして消えゆく君の声
 瞼の裏に浮かぶ、長く広い廊下をトボトボ歩く小さな影。痩せた腕に抱えた大きな飛行機は、窓越しの光を反射して。


「こんなもの、どうせもう兄には必要ないんだから、ちょっとくらい借りてもいいじゃないかって」


 そう黒崎くんは言ったけれど、私は違う想像をした。


 黒崎くんは、大切な飛行機を通して、大好きなお兄さんのことを考えたかったんじゃないだろうか。

 独りぼっちで誕生日を迎える寂しい心をなぐさめるために。だって、二人で飛行機に乗るのが夢だったから。


「暑い日だった。窓を開け放っているせいでセミの声がうるさくて、耳を塞ぎたいほどだった」


 時折きしむ古ぼけたベンチの音だけが、私を現実に引き戻す。

 ぼんやりしていると吸い込まれそうだった。黒崎くんの暗い目に。深い底に映る過去に。


 誰にも愛されず、認められず。ただひたすら、たった一人の大切な人を求めていたちいさな子供。ぐんと背が伸びて大人びた今も、泣けない瞳にはどこか幼さが残っていた。


「階段を降りようとしたとき、やけに機嫌の良さそうな兄に呼び止められた。嬉しいはずなのに、こちらの気持ちなんてまるで知らない笑顔を見ていると、自分でも驚くほど腹が立ってきて」


『秀二、それ持っていくつもり?』

『……別にいいだろ。後で返すんだから』

『駄目じゃないけど、ああ気をつけて、持つときは下から支えないと』
 
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