そして消えゆく君の声
 脳裏に浮かぶのは、いつも病と消毒液の匂いがした部屋と、青ざめた瞼の下から暗い沼のような瞳を覗かせていた母親。


 一年前に亡くなった母親との仲は決して良好とは言えなかった。

 というより、母親にとっての自分は出来の悪い息子で、はっきり言えば失敗作だった。

 部屋を見舞うと明らかにがっかりした顔をされたし、二言目には兄の居場所を訊かれた。

 それでも。


「…………」


 無言で頷く。
 自分の中には、ずっと母親に喜んでほしい、笑ってほしいという気持ちがあったから。


 兄は「そう」と微笑んで、同じ語調で続けた。


「僕はね、何とも思わなかった。本当に、全然。母さんはあんなに僕を気に入っていたのにね。それで思ったんだ。僕はこれからずっと、こんな風に生きていくのかなって」

「それ、は」

「だから、一年試してみることにした。一年間色んなものを見て、色んなことをして、それでも変わらなかったら、もうやめようと。でも」


 眉を下げて、目を細める。

 比較的最近見かけるようになった「困ったような笑顔」


「やっぱり、何も起こらなかったね」


 まるで気に留めてなさそうな諦観の言葉が、深く胸に刺さった。
 
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