そして消えゆく君の声
 膝をきつく握りしめる両手。


「心のなかで何を言おうが、何度悔いようが意味なんてない。わかってた。謝りたかった、二人に。でも口にすれば兄も弟も両方失いそうで、怖くて、結局自分のためなんだ、俺は。いつも」


 懺悔すれば、征一さんは自らの負った傷の正体と、生涯埋められない欠落を知っただろう。

 幸記くんは、大切な人が起こした事故と、それによって引き起こされた悲劇に胸を痛めただろう。


 だから言えなかった。

 謝れない苦しさも、一人で抱えるほかなかった。


「……そんな風に」


 呟きにすら満たない声。

 見開かれた漆黒の目に街の明かりが映り、次の瞬間、輝きはしずくとなって目尻から頬へと流れ落ちていった。


「そんな風に逃げ、て。嘘ばかりついていたから……いつの間にか、動けなくなっていた」


 ぱらぱらと、降り始めの雨のようにこぼれる心の澱。


 苦しみ。
 悲しみ。
 嘆き。
 後悔。
 

 黒崎くんが何年も胸に抱えていた想いが、心を蝕む棘が、血膿が、洗い流されていく。


 嘘偽りのない涙。

 大切な人を思う気持ちから生まれたそれは、光の粒のようだった。

 またたいては夜に溶ける追憶の痛み。


 私は涙で濡れた大きな手に自分の手を重ねて、高い位置にある肩にそっと寄りそった。


「ちゃんと、いるよ」

「……」

「黒崎くんは、どこにもいないって言ったけど。ここにいる。不器用で、あんまり話してくれなくて、でも優しくて。私の好きな黒崎くんは、ずっと私のそばに存在してたよ」
 
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