そして消えゆく君の声
 罪は消えない。

 征一さんに起こった事故も、幸記くんの抱える痛みも、無かったことになんてならない。

 それでも、黒崎くんに少しでも自分自身を赦してほしかった。

 だってずっと、罰を受けてきたのだから。痛みを引き受けてきたのだから。




 私たちはたくさん話をした。

 ほとんどは、黒崎くんの小さいころの話。

 征一さんが旅行に出るのが嫌で泣いて困らせたとか、二人で自転車に乗る練習をしたとか、借りた本がなくなって家中を探したとか。


 何でもない、けれどかけがえのない昔話を語りながら、黒崎くんは征一さんを兄さんと呼んだ。

 長いあいだ胸に仕舞っていた呼び方は少したどたどしくて、けれど愛情に溢れていた。


 今はもう、増えることを止めてしまった思い出。


 それでもあと少しで年は明けて、数ヶ月先には春が待っている。草木が芽吹いて、花が咲いて。
 
 だから私は黒崎くんに「これから」の話をした。

 数日後のクリスマス、お正月、卒業式に、桜の季節。幸記くんと三人で桜を見たいと言うと、黒崎くんはほんの少し黙って、いい場所を知っていると教えてくれた。


 黒く澄んだ瞳は、もう濡れていなかった。
 
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