そして消えゆく君の声
「…………」


 現状を咀嚼できなかった。

 わからない。
 なぜこんな結果を招いたのか。

 感情のうねりではない。なぜなら、今も心は完全に凪いでいたから。無意識下の行動は、とっくに忘れ去られた不発弾の爆発のようだった。


 名前を呼んでも弟の返事はない。

 うつろな眼差しと乱れた呼吸に、これは計画を中断して、適切な治療を受けさせるべきだろうと考えた。場所が場所だから、何らかの後遺症も残りかねない。

 誤った行動を取った以上、傷が癒えたら謝罪しなくては。計画は、その後でも遅くはないのだし。


 そんな風に思いを巡らせながら、地面に落ちた弟の携帯(自分のものは家に置いていったので)に手を伸ばすと、ふいに弟がこちらを見た。


 涙膜の張った瞳は焦点を欠いていて、表情は痛みに歪んでいる。おぼつかない動きで長細い指を額に遣り、べったりと付着した血を見ると――弟は微笑んだ。


 心から安堵したような、救いを得た顔だった。

 
「…………□□、笑っているの」

 
 その瞬間湧き上がった衝撃を、どう表現すべきかわからない。弟の見せた理解できない行動。けれどもそれは、自分が探していたものに最も肉薄した瞬間だった。


 弟の笑顔。
 弟の幸福。


 それは、ずっと再現の条件を探していた事象だった。確かに存在していたはずなのに、どんなに求めても得られなかった輝き。永遠に訪れないはずだった柔らかな波。

 でも、弟が笑ってくれるのなら、自分の人生も全てが無駄に終わるわけではないのかもしれない。
 
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