そして消えゆく君の声
 彼が苦しげに息をつまらせる。

 片手はきつく胸を押さえているものの、すでにどうしようもないほど血で染まっていた。


 びくり、びくりと肩が震える。

 命の終わりを数えるように。知らずぼやけた視界に、血の赤とシャツの白、彼の真っ黒な目だけが生々しく浮き上がる。


「僕は、きっと安心しているんだ、自分が、間違っていたって……だったら、僕がいなくなれば、ほんとに……しあわせになれる、よね」

「……」

「良かった。きみはきっと、正しいことを……。だから、なにも、悪くなんて」


 柔らかく深まる笑みから、俺は目をそらした。

 恐怖とも悲しみともつかない気持ちが、胸部を満たす。


「……なんで、笑ってるんだよ」


 死ぬのが怖くないのかとは言えず短い言葉で問いかけると、彼はゆっくり息を整え、口を開いた。

 瞳の動きも言葉も、明らかに反応が遅くなっている。


「……わらった顔が好きだって言ったから」


 その答えを聞いたとき、俺は無性に泣きたくなった。
 
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