そして消えゆく君の声
 頭上の空は今にも雨が染み出しそうなほど暗い。


 ひびだらけの塀にかこまれた何かの工場は老朽化が目立ち、寒々しい風景に、灰色の上着姿はいっそう寂しげに映った。

 泥舟をこぐような気持ちで歩を進めると、空っぽになった頭の中に幸記くんの声がこだまする。


『殺したんだ、あの人を』


 その一振りで心をずたずたに切り裂いた幸記くんは、言葉を失う私に『ごめん』と詫びた。

 冷えた静寂にはりつめた室内で、抑えた声は機械ごしの残響をともなって耳に響いた。


『嘘、だよね? だって、だってそんな……』

『……こんなこと、話すべきじゃなかった。桂さんが傷つくのもわかってた。でもどうしても、最後に声が聞きたくて』

『……どうして……』

『ごめんね』


 自棄でなく、悲しみでもなく。

 ただ、決意と諦観に満ちた声だった。



 何が。
 何が幸記くんに刃を握らせたのだろう。


 怒り。
 憎悪。
 怨嗟。


 頭に浮かぶ負の感情は、どれも優しいあの子の印象とは重ならない。

 激昂のままに、人の命を奪うような子じゃない。


 寒い夜、幸記くんの声には、覚悟がにじんでいた。己の背負う罪を理解して、それでも何かを成し遂げようとした強い思い。


 ……残酷な炎が、自らを燃やし尽くす前にと。 
 
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