そして消えゆく君の声
「兄さん。俺、きたから」


 ひざが汚れるのも厭わず、地面にひざまずく。

 枯木じみた指で木の表面をなぜて、黒崎くんは子供のように頼りない声で呼びかけた。


「もう大丈夫だから、家に帰ろう。全部言うこと聞くから」


 小刻みに息を吐く唇はがさがさに乾いてひび割れている。

 どれだけ声を重ねても返る言葉はなく、夢を見ているようにうつろだった目は、みるみる内に絶望にピントを合わせていった。


「兄さん、ねえ、兄さん」


 焦燥にかられて、早口になっていく声。見開かれた瞳のなかで、何かが砕け散る。

 
「兄さん、兄さん、兄さん、兄さんっ」


 白い布にすがりつき、力まかせに側面を叩く姿は棺を壊そうとしているかのようで、担任らしき先生が慌てて肩をつかんでも、黒崎くんは拳を打ちつけ続けた。


「君、やめなさいっ」

「離せ、兄さんが、兄さんがっ……」


 数人がかりで押さえつけられて、激しく身をよじる。

 幾筋もの涙が頬を濡らし、荒い呼吸はしゃくりあげる声へと変わっていった。
 
< 344 / 401 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop