そして消えゆく君の声
 肉を失った下瞼に薄くしわが寄っている。
 幼い顔立ちのなかで、そこだけがひどく年老いたようだった。


 ああ。


 変わった。
 変わってしまったんだ。

 私達を取り巻く世界が、ささやかに、おだやかに過ごした日々が。

 とっくの昔に理解していたはずの事実を、私は初めて空を見上げたように痛感した。嵐の中を駆けて、駆け抜けて、ようやく振り返った灰色の世界。黒い雲。


 幸記くんが続ける。


「だけど寂しかった。夜一人でいると世界に自分しかいないような気がして、おかしいよね、覚悟していたのに。眠れないと頭が痛くて、苦しくて――――」


 枯れ木を思わせる指が手すりを這う。
 弱弱しい自嘲の笑みが引いて、ぽつりと呟いた。 


「――あの人のことばかり考えるんだ」
 
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