そして消えゆく君の声
しあわせ。
口にした四文字の言葉は、遠い国の言語のように意味を伴わなかった。もう二度と手の届かない記憶に宿る光。永遠に手放したもの。
「……無理だよ」
声が掠れる。そう。無理だ。だって、全部俺が壊してしまった。駄目にしてしまった。俺の幸せは、あなただけだったのに。だから叶えられない望みから耳を塞いで、何もない生を一緒に歩きたかった。
でも無駄だった。
もうどこにも行けない。
いきたくない。このまま。
『黒崎くん』
……また声が聞こえた。
真っ暗闇のなかに反響する声は、かぼそい中に揺らがない強さがある。沈む意識を繋ぎ止めるように、転びかけた服の裾をつかむように。
その懸命な手触りはひどく耐えがたくて、なのに振り払うことができなかった。念入りに殺してきた心のどこかに、思い通りにならない部分がある。
やめろ。
もういいから。
俺にはもう何もない。
あっていいはずがない。
そう首を振った瞬間視界の端で何かが光った気がして、反射的に瞳を動かした。鉛のように重たい身体を動かして、わずかに首を後ろに向ける。
そして。
「……」
ほとんど閉じかけていた瞼を見開く。
振り返った先には、細く長い道がどこまでも続いていた。