そして消えゆく君の声
 

「…………にいさん」


 この場にいない相手の名が、唇からあふれる。俺にとっての光。もう二度と会えない、俺が全てを奪った人。

 何も変わらない。償うなんてできない。あなたから取り上げた人生を、これからも歩んでいく。標のない道を、小さな明かりを灯しながら。


 それが自分の為すべきことなのか、もう確かめることはできないけれど、罪を抱えて逃げたところであなたが遠ざかるだけだから。


『秀二』


 大切な飛行機を壊してごめんなさい。傷つけたのにちゃんと謝れなくてごめんなさい。あなたのことだけを考えて生きられなくてごめんなさい。

 何度聞いたかわからない名を呼ぶ声が、頭のなかで回っている。

 人間の記憶で最初に失われるのは聴覚だと聞いたから、いつかこの声も忘れてしまうのかもしれない。こんな風に、夢を見ることもなくなるかもしれない。でも。



『君が、ずっと幸せでありますように』
 

 
 でもどうか。




 あなたのいない世界で生きていくことを、許してください。


 
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