そして消えゆく君の声
 できるだけ大声で呼びかけながら背の高い草むらに入り込むと、やがて目に入ったのは小さな背中。

 誰かが、地面に座りこんでいる。

 シャツの張り付いた白い背中、膝を抱える折れそうなほど細い腕。女の人だろうか。


「あの」


 草の匂いがした。


「どこか悪いんでしたら、人を……」


 開いた傘をかたむけて、ちょっと緊張しながら細い肩にふれる。蒸し暑い空気とは真逆の、冷えた体温に眉を寄せた。

 瞬間。


「だれ?」


 うつむいていた黒い頭がゆっくりと持ち上がって、小さな顔の、大きな目が私を見つめた。


「俺を、連れ戻しに来たの?」


 濡れた真っ黒な瞳。

 透き通るような白い肌を伝う雨粒が、赤く色づいた唇から細くとがった顎へと消えていく。
 
 ぬかるんだ地面にすわりこんで泣いていたのは、多分私より少し年下の、人形みたいに可愛い男の子だった。
 
< 50 / 401 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop