そして消えゆく君の声
 脇腹の擦り傷を脱脂綿でおさえながら、私は懸命に考えた。


 私にできることは何だろう。

 何をすればいいんだろう。


 まず現状を知ってから、然るべきところに繋がないといけないのだろうけど、幸記くんは下を向いて黙っているだけだし、うかつに質問なんてしたら、傷付けてしまうかもしれない。


(どうしよう)


 時計を見れば時刻は六時を回ったところで、音量をおさえたテレビは夕方のニュースを放送している。

 本当なら幸記くんの家族か誰かに電話をした方がいいんだろうけど……。



 そんなことをぐるぐる考えていると、不意にオルゴールのような音が鳴り響いた。

 聞いたことのないメロディーが何度かくり返されて、ようやく、幸記くんの携帯が鳴っているんだと気付く。


「家の、人……?」

「多分」


 雨を吸った鞄を片手でさぐりながら答える幸記くん。


「俺が急にいなくなったから探してるんだと思う」

「急にいなくなった、っていうのは……つまり……」


 家出、とか?

 さりげなく訊ねるつもりだった言葉は、つい探るような響きを帯びてしまう。

 幸記くんは、数秒の沈黙の後つぶやいた。


「……消えてしまいたかった。それだけ」


 答えになっているのか、なっていないのかわからない言葉。

 探りあてた古い機種の携帯に触れる手は、小さく震えていた。
 
< 58 / 401 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop