そして消えゆく君の声
 私の言葉に、黒崎くんは短いあいだ目を閉じた。

 息を吸って、言葉を探すようにまつ毛を伏せて。唇が開くには時間がかかった。


「日原が想像するような苦痛は感じていない、本当に。痛みと苦痛は違うから」

「どういう、意味……?」

「痛みは組織の損傷。生理的な反応で、それが脳に伝わってストレスになる。でも俺は、その辺が鈍っていて」


 低く呟いた時の表情は、まるでガラスの破片を飲みこんだみたいだった。

 尖った、冷たい何かが胸を傷つけていて、けれどそれを吐き出すことができないような。

 おかしな例えかもしれないけど、そんな顔。


「全部何ともないんだ、これも」


 布の擦れる音が耳を打つ。

 シャツの袖に付けられた貝ボタンが外された時、私は唐突に思い出した。黒崎くんが、どんな暑い日も決して長袖を脱がなかったことを。


 太陽の下にさらされる左腕。 


 それは肘の手前までしか見えなかったけれど、今まで、黒崎くんの身体の上で行われてきた行為を知るには十分だった。


 何か固いもので抉られたような傷痕。

 ただれた小花のような火傷の引き攣れ。

 殴打によって青黒く腫れた皮膚。

 紫色の鬱血。


 未だ生々しさの残る傷と、地図のように広がる褐色の古傷が、混在しながら肌を侵食している。
 
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