そして消えゆく君の声
「………」


 自分が青ざめているのがわかる。

 正視に耐えない凄惨な痕。奥歯を噛み締めて背筋を這う吐き気と恐怖をこらえていると、黒崎くんはシャツを戻しながら、 


「悪い、こんな気分の悪いもの」

「ちが……」

「……見せるつもりなんてなかったのに」


 独り言のように呟いて、不思議なほど静かな目で私を見た。


「獅子の子落としってあるだろ」


 おさえた声にはなんの感情もにじんでいなかった。まるで、現実を自分から切りはなして眺めているように。


「獅子は生まれた子を谷に突きおとして、はい上がってきた子だけを育てるって言い伝え。あれと一緒だ、俺の家は」


 湿った風が、私と黒崎くんの間を吹き抜けていく。

 陽の光も空気も夏の予感をはらんでいるのに、黒崎くんの周りだけが水の底みたいに冷えていた。


「子供の頃から、俺は出来が悪かった。何をやらせても平凡で、何ひとつ優れたところなんてなかった。ゴミ同然、あの女の言っていた通りだな」


 自嘲でなく、ただ事実を説明するように。でもその表情はどこかいびつだった。ついさっき見た傷痕、引き攣れて変質した皮膚のように。


「兄と同じ環境に生まれたはずなのに、兄のように「正しく」育たない。それは俺が間違っているからで、間違いは正さないといけない。父はそう考えた」


 食事も、寝る場所も兄とは違う。

 くりかえし試されて、求められる結果を出せなければ罰を受ける。

 罵倒され、何度も打たれ、食事を抜かれ、窓もない暗い部屋に閉じ込められる。
 
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