そして消えゆく君の声
 お前は弱い。

 お前は劣っている。

 なのにそれを克服する気がない。

 虐げられる理由はお前にある。


 それが父親の口癖だった。
 ただでさえ身体の弱い母親が、自分を産んでからほとんど部屋から出られなくなったのも、怒りの原因の一つだったのだろうと語る黒崎くんの口角は、切れたためだろうか、薄く変色していた。


 私はただ、言葉を失うだけだった。
 

 以前一度だけ見かけた黒崎くんの家はまわりを一周するだけで日が暮れてしまいそうなほど大きなお屋敷で、こんな家に住んでいる人もいるんだなあって、眩しくなって。

 そこに差す暗い影なんて、想像したこともなかった。


「それは、その、お父さんのことは、お兄さん達は止めないの……?」


 征一さんの穏やかな笑顔が、理不尽なんて許さなさそうな要さんの生真面目な横顔が脳裏をよぎる。

 あの二人がいて、どうしてそんな酷いことが行われるのだろうと。

 けれど。


「違う」

「え?」


 唇を震わせる私とは逆に、黒崎くんの声は風ひとつないように静かで。でも気のせいか、さっきよりも表情がこわばって見えた。


 怒っているんじゃない。

 苦痛をこらえている時の顔。


「親父はもう、俺のことなんてとっくに諦めているから何もしない。だから、これをつけたのは、親父じゃなくて――」


 夜の海のような瞳に、これまで見たことのない痛みが閃いて、そして。


「――――征一が」


 黒崎くんがお兄さんの名前を呼ぶのを、初めて聞いた。
 
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