そして消えゆく君の声
 記憶をかき集めて思い出す征一さんは誰よりも優しそうで、いつも……そう、仮面を着けているようにいつも笑顔で。

 だから昇降口での違和感も気のせいだと思い込んでいたけれど、あれはもしかして。


「……じゃあ、幸記くんの傷も皆のためなの?」


 視線を合わせて問いかけると、

 なぜだろう、黒崎くんはどこか気まずそうに視線をそらした。


「……幸記は、亡くなった叔母の子なんだ」

「叔母さんの」

「俺が中学に入ったころ、うちに引き取られて。誰も家の一員だなんて認めていないけど……俺にとっては、従兄弟っていうより、大切な弟」


 声が、ほんの少しだけ優しくなる。

 そういえば、幸記くんを迎えにきた時も心配そうに名前を呼んでいたっけ。

 こんな状況だけど、黒崎くんに心をあたためられる相手が、大切な家族がいるのだと思うと嬉しくなる。


 でも……中学のころ?


「ちょっと待って」


 黒崎くんの言葉に、私は前から抱いていた疑問を口にした。


「幸記くんは、うちの学校には通っていないの?」


 私たちの通っている学校は小中高一貫で、ほとんどの生徒は中学からこの学校に通っている。

 けれど、私の知るかぎり誰かから幸記くんの話を聞いたことはない。たとえ別の学校に通っているのだとしても、誰かが噂しそうなものなのに。
 
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