そして消えゆく君の声
 ……暗く深い、穴のような思考に沈みこむ私の手を引いてくれたのは、すっかり耳に慣れたそっけない声だった。


「悪い、遅くなった」


 ふいに頭上から降ってきた言葉にあわてて顔を上げれば、こちらを見下ろしていたのはくたびれた学生鞄を抱えた黒崎くん。

 長袖のシャツに、うすく汗をかいている。


「う、ううん。私も、今来たとこ」

「そう」


 うなずいて、向かいに座る。

 無言でメニューをめくる長い指、かたちの整った爪がきれいだった。


「英語、むずかしかったね。できた?」


 こんな風に沈黙が降りた時、話しかけるのはいつも私から。

 最初は、自分だけが話したがっているみたいで恥ずかしかったけど、いつの間にか自然に声をかけられるようになった。

 きっと、黒崎くんがちゃんと返事をしてくれるってわかったから。


「普通より少しできた程度」

「いいなあ、私三番の長文がぜんぜんできなくて。数学も苦手なのに英語まで悪かったらどこで取り返せばいいの、みたいな」
 
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