そして消えゆく君の声
 ……ど、どうしよう。

 さっきは笑いながら聞き流せた言葉が、今は、頭から離れない。

 普通にふるまわなきゃってわかってるのに、心臓が大暴れして非常事態を告げていた。


 私の動揺に気付いているのかいないのか、黒崎くんは相変わらず淡淡とした声で、


「別に。家族の顔を見ずにすごせりゃいいんだろうけど、幸記を置いて出るわけにもいかないしな」

「そ、そう……なんだ」

「まあ、人目のつかないところなら一日くらい出かけても……」

「どこか行くの?」


 さあ、とすくめられる肩。


「詳しいことは決めてないけど。行けりゃいいな、ってくらい」

「幸記くん、喜ぶだろうね」 


 騒ぐ胸をおさえて微笑んだところで、私の頼んだ紅茶が運ばれてきた。


「じゃあ、お先にいただきます」 


 深く透きとおった紅茶にミルクを注ぎながら、コーヒーを注文する黒崎くんの顔を盗み見る。

 頬にはられていたガーゼはずいぶん前に取れたけど、よく見れば薄い痕が残っている。

 もうみんな夏服を着ているのにいつまでも長袖のシャツを脱がないのは、きっと、人に見せられない傷がたくさんあるから。


「あの……あのね」


 下を向いて遠慮がちに呼びかけると、注文を済ませた黒い目がこちらを見た。


 ざわ、と胸が震える感覚。

 白いカップをきゅっと包み込んで、私は蚊のなくような声で言葉を続けた。


「私も…いっしょに行ったら、駄目、かな」
 
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