月がてらす道

 けれど一度きりのつもりでいた。本気で好きだと思われていないのに、体だけの関係が続いたりするのは嫌だった。いくら相性が良かったからといっても。
 だから、尚隆と2人きりになることを、あれ以後はずっと避けたのだ──彼と向き合ったらきっと、自分の動揺が隠せそうにはなかったから。
 彼のタイプの女ではないことは充分にわかっている。それでも、好きだった。サークルに入って知り合った頃からずっと。自己紹介で見せた屈託のない笑顔に、柄にもなく一目惚れしたのだ。そんなことは初めてだった。中学での初恋の時でさえ、一瞬で恋に落ちたりはしなかったのに。
 自分は尚隆のタイプではない。ましてや、自分にとっても本来、彼みたいな「遊んでいる男子」はタイプではなかったはずだった──それなのに、日が経つごとにどんどん、尚隆を好きになっていった。
 落として散らばった書類を誰より早く拾ってまとめてくれる、そういう優しさだったろうか。その行為をまったく恩着せがましく感じさせない、さりげなさだったろうか。それとも。
 理由が何かなんて、今ではよくわからない。はっきりしているのは、誰にも感じたことがないほど強く、尚隆に惹かれたという事実。
 だから、彼の気まぐれな誘いに応えた。
 ……だからこそ、バカなことをしてしまった、という思いに後から強く襲われた。ただのサークル仲間にはもう戻れない──少なくとも、みづほの気持ちにおいてはそうだったから、二度とあのような「間違い」を起こさないためにも、尚隆と2人きりになることは徹底的に避け続けた。大学を卒業するまで。
 それは、上手くいったと思った。卒業後も、尚隆が来そうなサークルOBOGの集まりには極力顔を出さなかったし、そこさえ気をつけていればもう、彼との接点などないに等しい、そう確信していた。

 ──なのに今さら、接点ができるなんて。しかも職場という、簡単には逃れようのない場所で。
 みづほのシステム課と、尚隆の営業部は、工場への注文ソフトを頻繁に使う業務上、関わりが多い。いずれ、彼からのトラブル報告、呼び出しに対応しなくてはいけない時が来るかもしれない。
 そのたびにまた、再会した日みたいな緊張を抱えなければいけないのか。それを思うと憂鬱だった。

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