月がてらす道

 「去年まではさ、他の支社に異動したおっさんの主任が担当講師で。それが、しつっこいぐらいに同じ話繰り返す癖がある奴で、毎回とんでもなく時間がかかってたんだよ。だから超不評でさ。その点、新しい主任さんのセミナーは的確でわかりやすいって評判だし、何より美人。会っただろ」
 「え、は、まあ」
 立て板に水、といった調子の喋りからいきなり水を向けられて、慌てて防御、ではなく返答をする。
「ちょうど俺が受けた後から彼女に変わったんだよなあ。運がなかったよなーちくしょう」
 言いながら森宮はやけに悔しがっている。もしかしてみづほに気でもあるのか、と尚隆が思ったのとほぼ同時に、森宮がこう言った。
 「あ。けどな、彼女に手え出すのはやめといた方がいいぞ」
 「はい?」
 「あれだけの美人だから、男ができない方がおかしいだろ? けどできないんだよ。正確に言えば、できても長続きしないんだってさ」
 突然潜められた声に、何か不穏なものを感じ取って、尚隆はまた黙ることを余儀なくされた。森宮はその先を続ける。
 「聞いた話じゃ彼女、デキないんだってさ」
 「……できないって」
 「決まってんじゃないか、アレだよ。しようとしても体が拒否るんだと。そんなんばっかりだから男が耐えらんなくなってアウト、その繰り返しだって。
 そりゃなあ、いくら美人でも、アッチを満たしてもらえないんじゃ萎えるよな。だから彼女も懲りたのかね、近づく男がいないわけじゃないけど、もう誰とも付き合わないって決めてるんだとよ」
 「──なんでそんなこと、知ってるんすか」
 「同期の奴で、ちょこっとだけ彼女と付き合ったのがいんだよ。そいつからまあ、いろいろとな」
 森宮がにやりと、下卑ているとも見えなくもない笑いを見せて言った直後。
 「そこの二人、いつまで無駄口叩いてんだ。早く外行ってこい」
 課長の檄が飛び、尚隆は森宮とふたり、そそくさと営業のフロアから出る。エレベーター待ちの間も森宮は、みづほの噂についてまだ話をしていたが、半ば以上聞き流していた。尚隆には思うところがあったのだ。
 みづほが、付き合った男と「できない」と言われる、拒否してしまうという原因。それはまさか、自分との出来事ではないのか。あの時のことが、彼女の中で何らかのトラウマになっている、とか?
 あの時彼女は、承知して来たものだと、納得の上で抱かれたものだと思っていた。だが実はそうではなくて、場の雰囲気で断れなかったから仕方なかったのか。抱かれることが嫌な気持ちが、少しはあった──?

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