月がてらす道

 みづほのその声に、すっと手を挙げる人物が一人。その前には全く挙手していなかったにもかかわらず。
 気づいたみづほが、眉を寄せたように見えた。一瞬のことで定かではないが、その後の平坦な口調と固まった表情は、あきらかに先ほどまでの彼女の、親しみやすい雰囲気とは違っている。
 「……はい、どうぞ」
 促された相手は、わざわざ椅子から立ち上がる。セミナー開始前に尚隆が気に留めた、別の課の営業部員──名前は、確か本庄(ほんじょう)といったか。
 「もし、ネットで知り合った人を異性として好きになったらどうすべきなんでしょうか?」
 今度ははっきりと、みづほの眉間にしわが刻まれる。あからさまな不快を示した講師の姿に、周囲の空気がざわりと揺れた。質問はさらに続く。
 「オンラインだけでなく、オフラインでも会いたくなってしまったら? どうでしょう」
 すう、と深呼吸する仕草を見せてから「それは、個人の判断によるのではないでしょうか」とみづほは答えた。
 「未成年ならおすすめしません、このご時世ですから。成人の皆さんでも、相手がどういう人なのか、会っても大丈夫かは、よくよく考えて」
 「あなたはどう思いますか、須田さん」
 講師を名指しした社員──本庄のふるまいに、他の社員がはっきりとざわつく。その分、みづほと本庄の間に下りた沈黙が際だつ。見つめ合う、というよりはにらみ合っているかのように見える二人の視線が、場にふさわしくない不自然さを醸し出していた。
 「……私なら、会わないと思います」
 「それは何故ですか。嫌な経験でも?」
 「プライベートな質問はお控えください、本庄さん。
  他に、ご質問はありませんか? では本日はこれで終了とさせていただきます」
 講師の宣言に、参加していた社員は皆ほっと息をつき、仕事に戻る支度を始めた。講師役のみづほは、ノートパソコンを操作してホワイトボードに映し出していた画面を消し、機器類を片づけにかかっている。
 尚隆も、資料の束や筆記用具をまとめて席を立ち、顔を上げた。と、片づけを終え帰りかけていたらしいみづほと、彼女を足止めしている人物の姿がちょうど視界に入る。
 「……だから、そういうことはもう」
 「いいじゃないか食事ぐらい。何でダメなの」
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