月がてらす道
「……最初にちゃんと断ったんだけど、しつこくて。私が担当になってからセミナーにも毎回出てきて、あんなふうに答えにくい質問をしたりするし。なんか、私が困ってるのを見るのが楽しいんじゃないかって、そんな気もするくらい」
目当ての相手を困らせて楽しむ、そういう性癖の奴も確かにいるだろう。もう少し目的がずれるとストーカーになりかねないタイプではなかろうか。
「上に、言った方がいいんじゃないか」
「大ごとにはしたくないの。……それに、うちは社内恋愛いい顔されないし、お偉いさんに男性至上主義みたいな人もいるから、下手に伝わると私が誘ってるって言われかねない」
「……なんだそれ」
21世紀になって久しいというのに、今時まだそんな考えの輩がいるのか。というか、そんな考えが社内でまかり通るのか。
後ろを振り返り、人の波の中に目をこらす。見る限り、その中に本庄の姿はなかった。
「どっかの店で、時間つぶしてくか?」
提案に、みづほは首を横に振った。
「ううん、もう遅いし、明日も早いから」
「なら送ってくよ」
「──え」
「もしかしたら、家まで付いてこられるかもしれないだろ。その方が危ないし気になる」
みづほは戸惑ったようにこちらを見上げ、再度首を振る。
「いいよ、そんなこと」
「よくない」
自分で思ったよりも強い調子が、口から飛び出した。みづほが心配なのはもちろんだった。……だが、自分の中に本当に、やましい気持ちはないだろうかと自問する。
全く無い、とは言いきれないかもしれない。しかし今は、みづほが本庄に危ない目に遭わされないことの方が重要だ。
押し問答をしているうちに、会社の最寄り駅に着いた。みづほに聞くと、彼女の家は同じ方向で、尚隆が降りる駅よりも4つ先だという。
今日だけでも送ってく、と譲らない様子に観念したのか、迷う態度を消しきらないまでもみづほは「じゃあ、今日だけなら」と答えた。ほっとする。
念のため、もう一度周囲を見回した。思う人物の姿は見当たらない。立ち止まったみづほを促し、ホームへと続く連絡橋の階段を登った。