月がてらす道

 結局のところ自分は、とうに終わった恋の記憶に捕らわれ続けているのだ。そう思ったのは、最後に付き合った相手と別れた時だった。過去のことが、言ってみればトラウマになって、自分を縛っている。
 もう自分はまともな恋などできない、誰かと付き合おうとするべきではないのかもしれない。そんなふうにも考えた。
 ──そこに来た、尚隆との再会。
 まさか職場が一緒になるなどとは思っていなかったから、知った時はかなり動揺した。トラウマの原因とまた、毎日ではないにしてもどこかで顔を合わせなければならない日々が来るなんて……いったいどんな顔をしていればいいのか。
 考えて考えて出した結論は、いたって普通にしていることだった。昔のことは昔のこと、気にしていないし半分忘れているようなもの、そんなふうに表面上は振る舞うこと。
 そう決めると意外と気が楽になった。いざ本人を前にすると全く緊張しないわけではなかったけれど、顔を合わせるのはあくまで仕事上でなのだから、と割り切ればどうにかやり過ごせたのだった。
 動揺するのはあくまで、過去のことがあるから。あの夜のことが恥ずかしくていたたまれなくて、それで落ち着かない気持ちになるだけだ。そう思っていたし、今も思っている。
 ……だが先日、退社時にばったり会ってしまった時には、予想外に困った。仕事の仮面をかぶっていられない時のことまで想定していなかったから戸惑いを覚えた。その上に本庄のつきまといにまで遭遇して、内心すっかり動転した。他に頼れる人がいなかったとはいえ、尚隆に付き添いを頼んでしまった。不安があったからとはいえ、自宅まで送らせた。
 それを誰かに見られていたのは仕方ないにせよ、そのことがこんなに噂になるなんて──自分がそんなふうに、噂の対象として認識されるだなんて、考えてもいなかった。仕事は真面目にやるけれど、プライベートで目立つことはしない。その信条で入社以来、特に最初に付き合った人と別れて以降はやってきたつもりなのに。
 仕事中の今も、何かにつけて、ちらちらとこちらを伺う視線を感じる。とっくに昼は過ぎて、もう午後も遅い時間だというのに。これから数日はこんな視線に耐えなければならないのだろうか。
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