月がてらす道
主任チェックお願いします、と書類を回してきた男性社員など、目が合った一瞬に、やけに意味ありげな目つきをして口の端で笑った。……そういえば彼も、一時はけっこう頻繁に声をかけてきた一人だった。同期であるだけに扱いに困って、最終的には、おなじく同期の友人に頼んで断る場に同席してもらったほどだ。
そういえば主任になった頃、何かにつけてずいぶんと嫌味を言われた。彼が主任を目指していたのは察してたからある程度妬まれるのは仕方ないと思っていたが、単なる妬みだけではなかったのかもしれない。昨夜のことを見たのも噂を広めたのも、もしかしたら彼なのかもしれない。
チェックの書類を持つ手に、知らず力が入った。いけないいけない、これは上にも回す重要な書類だ。ペーパーレス化が進んでいるのは社員への通達事項ぐらいで、伝票や決裁の書類はいまだ紙ベースである。
そういうところも将来的に改革していければいいけど、と考えながら少しついてしまった書類のしわを伸ばす。それから、社内システムの定期チェックをしようと立ち上がった。
途端にざっと、示し合わせたように視線が集まるのを感じる。やりにくい、とブースに入ってからため息をついた。
……そもそも私は、今どういう気持ちでいるのだろう、と自問する。本庄や同期の件はあれど、問題の発端はそこだ。少なくともみづほにとっては。
尚隆とは必要以上に接触しない、関わらないと決めていたはずだ。それなのに成り行き上とはいえど、自分の厄介事に巻き込んでしまった。結果的にではあるけれど、2回も尚隆に助けられる事態になった。
その上に、自分とともに噂の的にしてしまった。みづほはもちろんだが、尚隆だって、そんな対象になることは望んでいなかったはず。みづほ自身はまだ、自分の失敗が原因であるのだから仕方ないと言えるが、尚隆は違う。本来、大学の同期生、サークルのかつての仲間であるだけで、みづほとそれ以上の関係はないのだ。
なのに、急な頼みに応じてくれたり、わざわざ様子を見に来て割って入ってくれたりしたのは、彼のもともとの親切さもあるのだろうが、おそらくは過去を忘れていないからに違いなかった。あの夜のことを尚隆なりに気にしていて(再会した時のぎこちなさを考えれば、そう思える)、みづほに対する申し訳なさや後ろめたさがあるから──それゆえの行動に過ぎない、きっと。
だからこれ以上は、必要以上に関わるべきではないのだ、やはり。どれだけ彼のことが気になろうと、いや気になるからこそ、近づくべきではない──たとえ、送ると言ってくれた優しさを、争いに割って入ってくれた勇気を、すごく嬉しく感じたのだとしても。